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『プリズム』

『プリズム』1*落とした定期

 社内放送で名前を呼ばれ、俺は慌てて総務へ走っていた。

「す、いませ・・ん。あの、新井、、です。」
「ああ、こっち。」
ドアを開けて言えば担当らしい男性が手を上げてくれ、息を整えながら机を縫って近付く。

「・・・・はい、これ。間違いないね。」
定期を差し出され、確認し、ホッとする。
「良かったァ。ありがとうございます。」
思わず握りしめた。二・三日前にチャージしたばかりだから俺にとっては結構な金額だ。クレジット機能をつけていないのが幸運といえば幸運か。
「届けてくれた人って、誰ですか?」
手続きしながら、お礼が言いたいと聞いたら、
「社内の・・、人だよ。同じ、営業部の。」
どこか歯切れが悪い口調で、教えてくれた。でも、名前を聞く前に、
「向こう(営業部)に行けばそのうち分かるよ。」
とぼかして教えてもらえなかった。


この時俺は、苑田さんとの距離が一歩、縮まった事に気付いてはいなかったんだ。


「おっ、帰って来た。」
「新井、何だったんだ?呼び出しかかるなんて。」
部署に戻ると周囲から声がかかる。

今の俺は、営業一課に所属している。前任者である佐々木さんは、田舎の母親が病気で倒れ、世話をしなければならない為、退職。俺はその代わりに異動になってここへ来た。

「あ、いえ、定期落としちゃって。社内だったらしく、誰かが届けてくれたんです。それ、取りに行ってました。」
「それでさっきからそわそわしてたのか?」
「へえ、誰か届けてくれたんだ。良かったな。」
「俺だったら使っちゃうかも。」
経験のある者がうんうんと頷く。
「ただ、拾ったのが・・・」
「新井、それ以上自分のドジを言いふらすな。契約書なんかじゃなくて良かったと反省しろ。」
部長の進藤の叱責が飛んで、
「はい!すいません。」
反射的に謝る。同僚たちも肩を竦め、仕事に戻って行った。

(でも、誰が拾ってくれたんだろう・・?)
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『プリズム』

『プリズム』 2*もらった缶は振った炭酸 -2

「さいこうどう・・・」
「え?」
「廣済堂を、『さいこうどう』って言っちゃったんです・・・。」
こうさいどう、さいこうどう、と口の中で繰り返したその人は喉の奥で笑うと吹き出した。
「そりゃあいいや。相手さんもそんな言われ方したら怒らなかっただろう?」
「わかりません・・・。同行してくれた主任には『いい加減にしろ』って怒られて」
「その中島先輩なら帰って来て爆笑してたぞ?取引先で大口開けて笑えないから苦労したって。」
「・・・・はい?」
「真面目な顔で繰り返すし、どう止めればいいか困った、ってさ。」
「話し終わったら、怖い顔で、何も言わずに戻って来ましたけど」
「笑いたいのを堪えていたんだそうだよ。それにおまえのお陰で取引上手く行ったって喜んでる。さっきの炭酸飲んだら部署に戻れ。次行くって待ってるぞ。」
「俺、馘首(クビ)になるとかじゃ・・・」
「ばかだな、それくらいでなるもんか。急げよ、もう五・六社回る気でいるぞ。」

五・六社・・?

まだ呑みこめない俺に缶を持って来てくれ、
「ほら、さっさと飲む。・・・・・よし。缶は俺が始末しとくから。」
空を取り、ポン、と肩を叩いて、
「行ってこい、新井。」
俺を屋上から追い出した。

「ようやく来たな。行くぞ。」
営業のフロア、一課に戻ると、さっきの人の言った通り中島先輩が出掛ける体勢で待っていた。
「・・・あの」
「今度は間違えるなよ?俺だってあんなに苦労したのは初めてなんだから。久しぶりに腹筋使いまくって、明日は筋肉痛だ。」
ニヤッと笑いながら言われる。
「すみません・・・」
「中島先輩、そんな言い方したら分からないでしょう?戻るなりバカ笑いした先輩の方がよっぽど変でしたよ。」
「苑田。しょうがないだろ、ほんとに大変だったんだ。」
さっきの人が主任と親しそうに話している。じっと見ている俺に気付いて、
「ああ、こいつは苑田。二課にいる。おまえが帰ってくるなり暗い顔で階段上がって行ったから、気になって行ってもらった。」
俺にその人の名前を教えてくれ、
同じ一課の誰かに行ってもらうよりいいだろうと思ってな、と続ける。機嫌が良さそうだ。
「あの、苑田さん、って言うんですか?さっきは、ありがとうございました。」
気が軽くなったのは本当だし、笑い飛ばされてホッとしたのも本当だから礼を言って頭を下げる。
「いや、俺も出掛ける前に気分転換したかったから丁度よかったんだ。」
「苑田・・、おまえまたあいつに付き合うのか?」
苑田さんの言葉を主任が聞き咎める。
「ええ、まあ・・・」
目を反らして答える苑田さん。
「けどな」
「苑田。油うってるな。手が空いてるんだろ。」
言いかけた主任の声に、進藤部長の威圧的な声が被せられる。主任と同じ、外出の支度をしていた。
「じゃあ。」
「苑田。」
呼びかけた先輩を振り切るように、苑田さんは出ていった部長の後を追って行ってしまう。





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『プリズム』

『プリズム』3*元気のでるおまじない

「新井さん、何か作りましょうか?」
「はい・・・。なんでも・・、多分大丈夫です・・・」
うわの空で答える俺にふわりと笑ったマスターは、手早く酒を選んで作った物を、すい、と置いてくれる。
「きれいな色ですね・・」
「ピーチツリークーラー、って言うんです。桃が入っているからフルーツ系で甘口、飲み慣れていない人とか、女性に好評で。どうぞ。」
「・・いただきます」

あ、美味しい。

「美味いだろ?」
「はい。」
「本当にいいものが飲みたくなったらここに来るといい。」
え・・、でも。道順、覚えてない・・・。
「言っとくが、ネットには載ってない。」
「・・・そんな顔をしなくても。また、連れてきてもらえばいいんですから。ねえ、中島さん?」
俺の顔を見てマスターが目元を笑わせて助け船を出してくれる。
「それはこいつ次第だな。」
「前にもそんな事を言っていましたっけ。確か、二人」
「進藤と苑田。」
「そうそう。」
挙がった名前にどきっとする。不意に苑田さんの名前を聞くの、心臓に悪い。

「どうしてる?・・まだ来るか?」
「苑田さんは、いらっしゃいますよ。」
頷いた主任は、俺の方を向いて、
「新井」
「はいっ」
「連れて来てやるから、この店、ちゃんと覚えろ。苑田はまだここに通っている。そのうち会えるぞ。」
ニヤッと笑った。
ここで、苑田さんに会える。何だか嬉しい。いつになるか分からないのに。
「ここなら進藤は来ない。遠慮するなよ。」

進藤部長?何でその名前が出るんだろう?

不思議に思っていると、主任は前を向き、
「進藤と苑田は俺の後から入社した。同期で、しばらくは仲もよかったんだがある日から急にその関係が変わって、それからずっとあんな調子だ。」
独り言のように喋る。でも、はっきり聞こえるから、俺に聞かせようとしているんじゃないだろうか。
グラスを空にしてから、主任はもう一度俺を見た。


「新井、苑田のこと、どう思った?」
「どうって・・・。はっきりと言えないけど、かっこいい・・、と思いました。それに俺の目を見て話してくれました。悪い人には見えません」
容姿だけじゃなく、雰囲気に引きつけられている自分がいる。
俺の答えに満足そうに頷いて主任は続け、
「そうか。それならあいつを信じてやれよ?そのうち噂を聞くと思うが。」
「うわさ、ですか?」
「色々とな」
「苑田さんが、悪いんですか?」
「いや。・・・悪いのは進藤だ。」

『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー2

  進藤より先に、苑田が登場です・・。





進藤部長・・が?

主任は、何か知っている口ぶりだ。ただ、それを俺が聞いていいんだろうか。手の中のカクテルへ視線を落とし迷っていると、ドアの開く音がした。

「こんばんは。マスター。」
「いらっしゃい。・・・・苑田さん」
柔らかな声が背後から聞こえる。噂の本人が来て驚く、以上に、心のどこかが緊張しはじめる。
「よう、苑田」
主任が手を上げた。

「あれ?中島先輩、来てたんですか?」
「ここで会うのは久しぶりだな。・・・おごってやろうか?」
「いいんですか?高いの、頼んじゃいますよ?」
「新井の横に座ったら考えてやる。」
「は・・?」
それまで楽しそうに会話していた苑田さんが、言われて初めて主任の向こう側にいた俺に気付く。
「一緒に来てたのか。」
ちょっと困ったような笑み。ここだからか昼間見た明るい笑顔と違って、色っぽく見えてまた、どきどきする。

「今日は合計で何社回ったんです?」
俺の横に座りながら、多分俺ではなく主任に問いかけ、
「新井、言ってみろ。」
主任は俺に振った。
「・・・覚えたのかい?」
苑田さんの顔がこちらを向き、面白そうに訊ねてくる。そりゃあ、初めて会った時は‘さいこうどう’でしたけど、あとはちゃんと覚え・・た、はず・・・。
「十一社ほど回ったな?」
主任の声に促されて、
「はい。え、と・・、さ・・廣済堂(こうさいどう)、野々内運輸、元(はじめ)や、・・タムラ文具・・・、あずま商店、それから・・」
とうとう指折り数えだした俺に、
「名刺もらってないのか?」
笑いをこらえながら苑田さんが。
「あ、そうか。」
ごそごそ取り出しカウンターに並べて続ける。
「・・・・と、浦野商事。」
全部言えてほっとしたのに、
「浦野商事?」
その社名だけ苑田さんに繰り返される。
「そうですけど・・・」

「おまえのアンテナに引っかかることでもあったか?苑田。」
主任も気になるらしく身を乗り出す。
「いえ。ちょっと聞いたことがあっただけです。ああ、悪いことではないですから安心してください。」
「ならいい。役に立つことなら、新井にも教えてやってくれ。」
「・・わかりました。」
じゃあ、遠慮なくごちそうに、と、苑田さんはマスターになにか注文する。
でてきたのは、黒っぽい、泡の立った・・・。
「それ、なんて言うお酒ですか?」
「ブラックベルベット。カクテルだよ。」
名前を言って、手に取る。
「こら苑田、ワインの泡を使ったカクテルなんか頼むな。」
「おごりですから。」
にこにこな苑田さんに渋い顔で言った主任は、
「子湖塚、注文を聞いた時に断ればいいじゃないか。」
と、前にいるマスターにも文句を言う。訳が判らない俺が
「そんなに高いんですか?」
恐る恐る聞くと、
「カクテル自体はそう高くないんだけど、材料がちょっとだけ高いんだ。」
「今回はスパークリングワインを使ったから。シャンパンよりは安いけど。」
マスターと苑田さんが教えてくれる。ワイン、と聞くだけで高そうだけど、いくらぐらいするんだろう?
「ワインと言ってもピンキリあるんだ。スパークリングだと二千円あたりから、かな?」
二・二〇〇〇円!苑田さんの飲んでるのって、そんな値段?!




『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー3

(俺の三日か四日分の昼飯だ・・・。)
そんな思いをよそに、会話が続く。
「泡の立つお酒って、気が抜けると美味しくなくなるんだよ。」
「つまり、ワイン一本買うようなもの。だから・・・、おまえ、飲めるんだよな?新井。ここで会った記念にご馳走するから手伝ってくれないか?」
無駄にするともったいないだろう?
と、まだ訳が判らない俺に、苑田さんは楽しそうに言ってくれるから、つい、
「はい。手伝います。」
返事していた。

マスターが話してくれるお酒やカクテルの話を聞きながら、主任と三人で飲む。ほかに、お客さんもいたはずなのに、覚えていない。

「・・・・・・って、中島さん」
「いい・・・・、・・・・だろ?」
主任と苑田さんの話し声が頭の上で聞こえる。あれ? 俺今どこにいるんだ・・・・?
片側の頬が冷たくて手を当てようとしたら、
「ほら、起きてますよ。」
「ばか、酔っ払いじゃ起きてたってしょうがないじゃないか。」
「俺・・起きてま・・・。ま・だ飲め・・・」
意識がはっきりしなくて、体が上手く動かせない。
「ほらな。見れば分かるだろ?こんなの電車に乗せたら、乗り越しどころか車庫まで行っちまう。おまえまだ独り身なんだし、送ってやれよ、苑田。」
「一回くらい車庫まで行って泊まるのだっていい経験だ、って言ってませんでした?中島さん。」
「・・とにかく連れて帰れ。先輩の命令だぞ。」
主任の言葉に、苑田さんは渋々と答える。
「わ・かりました。けど、新井の家、というか住所、どこなんです?」
「ちょっと待て。確か・・、おまえの部屋の通り道・・・・。ああ、あった。・・・うん、おまえの帰りがけの途中だ。ほれ、ここ。」
「・・・ああ、本当だ。・・・・ふぅん。」

ぼーっと会話を聞きながら思った。苑田さんと一緒に帰るのか。。
変だな、うきうきしてる。

「タクシー、来ましたよ。」
「あ、サンキュ、マスター。・・・新井、帰るぞ。歩けるか?」
ドアが開いて、マスターが知らせに来てくれ、俺は苑田さんに体を揺すられた。
「へぁい・・・。ごちそ・・・で・た・・」
「やれやれ、こんなに出来あがるとは思わなかった。・・・・あっ」
何とか椅子から降りた途端ぐらりと体が傾ぐのを、あわてて苑田さんが支えてくれる。
「あ・・、すいませ・・・」
近すぎる顔にビクッとしてしまった。夜になって僅かに伸びた髭が薄い影になって、男の色気・みたいなのがすごい。
俺じゃ絶対出せないな・・、と思いながらタクシーに乗った。




「ほら、着いたぞ新井。歩けるか?」
苑田さんの声にはっと我に返る。どこかから居眠りしていたらしい。タクシーのドアが開き、促されて外気の中に体を押しだした。
(・・う・・っ・・・・)
足を地面につけて二・三歩歩いた時、むかつく。
(や・・ば・・・)
「新井?顔色悪いぞ?」
車内から見上げた苑田さんに、無理に笑って、
「だいじょ・ぶで・・。ありがと・ございま・・・」
挨拶も言いきれず、急いで頭を下げてアパートの方を向いた。喉元に吐き気がこみ上げてくる。
醜態を見せたくなかった。
(こんなとこでなんて・だめだ・・・)
せめて部屋に。
ふらつく体を壁にぶつけながらやっとたどりつく。
(かぎ・・)
急いでいるのに、見つからない。

「どっちのポケットだ?」
ずるずる崩れ落ちそうな体を支え、聞いたのは。
「苑・だ・・さ・・・」
なんで?

「早くしろ。右か?ひだりか」
「あ・・・、みぎの・・ズボン・・・」
すっと手が入れられ、鍵を取り出しドアを開ける。
「ほら、靴脱げ。トイレ、どこだ?」
「・・ひだ・りの・・」

う。

ぎりぎりで間に合ってトイレで盛大に嘔吐する。苑田さんは、吐くものが無くなるまで背中をさすってくれていた。

『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー4

「すいません・・・でした・・・。」
「いいって。気にするな。」
「でも・・・」
結局、苑田さんは俺の面倒を見てまだ部屋にいる。あの後一回うがいをし、それでまた吐いた俺を見かねたのか、近くのコンビニまで行ってくれてドリンクやら何やら買ってきてくれたんだ。


「みっともないとこ、見られちゃいましたね・・」
椅子にへたり込み、恥ずかしくて顔も上げられない。そしたら、
「そんなことはない。部屋の中まで頑張ったじゃないか。」
励ますように声が返って来て、思わず苑田さんを見る。
「俺もうっかりしていた。カクテルってのはベースに強い酒を使う事もあるから、何杯も飲むと酔うのも早くなる。
おまえが楽しそうに飲んでいたから、つい勧めすぎた。」
悪かったな。と、ホッとする笑顔で、済まなさそうに言う。
なんだか、癒される・・・。

「俺も昔は無茶をしたことがあるからあんまり言えないが、酒には呑まれないように気をつけろよ。それと、パンくらいなら食べられるだろ?ゼリーもある。適当に食べたら寝るんだな。明日、ちゃんと出てこい。」
ぽんぽん、と軽く頭をたたいて、向かい合って座っていた椅子から立ち上がる。
「そのださん」
「んー?」
咄嗟に呼び止め、赤くなる。なにやってんだ、俺。
「あ・の・・、苑田さんは?」
「俺か?タクシー捕まえて帰る。」

あっ、そうか。タクシー、帰しちゃったんだ。俺のせいで。

「じゃ、じゃあ、泊まっていってくださいっ」
突然言われて、苑田さんの目が丸くなる。
「この辺、タクシーなんてほとんど通らないし、俺のせいで・・・」
「おまえのせいじゃない。中島さんにも頼まれたし、嫌なら来てない。」
ちゃんと寝るんだぞ、と背中を向けられ、焦る。
「苑・・・・」
立ち上がろうとして、ドタッッ、と派手に転んだ。椅子か、テーブルの足に引っかかったんだ。
「新井?」
「・・痛って~~・・」
「何、やってんだ。まだ酔ってるのか?」
起きるのに手を貸してくれ、しょうがないな、とクスクス笑う。

「背広掛けるものあるか?」
「は・・?」
「皺に出来ないだろう?それと、何か俺が着られるもの。」
子守りしてやるから、安心して寝るんだな。そう言って上着を脱いだ。


眠れない。

苑田さんは俺のスエットを着て、寝心地が悪いだろうソファで寝ている。
こんな風に誰かが泊まるなんてことが無かったから、布団の予備もあるはずが無く、ほんとに申し訳ないと思ったけど。
「たまにはいいさ。」
明るく笑い飛ばしてくれて。

俺の方は。
早く寝ないといけないのに苑田さんが気になって、ウトウトしては目覚め、苑田さんの寝息を意識して、の繰り返し。


翌朝は、見事にどよんとした朝になった。

「お早う・・・ございま・す・・、苑ださん・・」
もぞもぞ起きだし、すでに支度している苑田を見てあいさつすると、
「お早う。・・二日酔いの見本みたいな顔してる。まだ時間あるから、熱いシャワー浴びてこい。急げ。」
「・・・分かりました・・」
こう言われ、逆らえず浴室に向かう。

少しさっぱりして、着替えて出てくるといい匂いがしていた。
「苑田さん」
朝食の支度をしている背中に声をかける。
「勝手に冷蔵庫開けて使ったから、後でチェックしとけよ。食べたら出る・・・。」
言いながら振り返り俺を見た苑田さんの動きが、止まる。
「はい。・・・済みません、それに、朝ご飯・・・あの?」
「あ、ああ。食べたら行こう。味に文句は聞かないからな。」

自分が作るより立派な朝食を食べ(ゆっくり味わえなかったのが残念)、玄関を出たら、ため息がこぼれた。

『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー5

ここから、少しづつ苑田サイドが入ります。 ~~ の部分です。





~~目覚めて、自分の支度をしながら、悪いと思いつつ冷蔵庫を開ける。
「・・・食べ物が入ってる。使わせてもらおう。」
新井くらいの年なら、ほぼ酒などの飲料とつまみくらいと思っていたが、意外に料理もするのかもしれない。卵やウインナ、冷凍庫に会った青物野菜(カットほうれん草。枝豆もあった)を取り出し、オープンオムレツを作る。
背後に新井の気配を感じ、振り向いた一瞬、息が止まった。

(範裕・・・!)

声をかけられ、はっとする。
幸い新井には気付かれず、ほっとして、そのままやりすごした。~~

☆ ☆ ☆


「どうした?今日からは主任なしの、一人で仕事なんだろうに。」
「・・自信なくなってきて・・。昨日だって社名間違える失敗して。」
「誰だって失敗して覚えていくんだ。大丈夫さ。」
並んで歩きながら、そのため息を聞きつけた苑田さんがそう言ってくれる。
「でも、苑田さんにも迷惑かけた・・・」
「昨夜?あれくらいどうってことじゃない。・・・それじゃ、元気の出るおまじないでもしてやろうか?」
「はぁ?」
俺の顔を覗き込むように見る顔は、悪戯をしたくてわくわくしているみたいだ。
(‘おまじない’って・・。子供じゃないんだし。けど、苑田さんにしてもらえるんなら、いいかも)
そう思って、
「はい。お願いします。」
返事する。
聞いた苑田さんが立ち止り、あたりを見回すとつられて止まった俺のネクタイをぐい、と引っぱって顔を引き寄せ・・・・、唇に、キス。

いきなりで、目も閉じられず固まった俺のネクタイをもう一度引っ張り、
「元気でたか?」
してやったりの笑いを見せると、さっさと行ってしまう。
「ま・待ってくださいよ、苑田さんっ。」
一〇歩も離れたくらいでようやく正気付いた俺は慌てて追いかけた。
「い・今の、・・今の、何なんですか?!」
「だから、元気のでるおまじない。本当はあんまり路上でするもんじゃないんだが。」
笑いながら歩き続ける苑田さんに、顔が赤いぞ、と言われたが、当たり前だ。
路チューなんて。しかも朝で、苑田さん男だし。

「外国じゃ普通だろ?」
「こ・ここは日本です!」
「なんだ?闘魂か愛(LOVE)でも注入して欲しかったのか?」
「そうじゃありませんけどっ」
変な言い合いになりながら駅に近づく。通勤の人がまわりに増えてそれ以上続きが出来なくなり、後は言葉を交わすことも無く電車に揺られた。

「じゃあな。頑張れよ。」
「あ」
社に着くと、苑田さんは軽く手を振って行ってしまう。取り残された気分になったけど、
「おい新井、今の、苑田さんだよな?二課の。何で一緒に来たんだ?」
後ろから肩を掴んで聞いてきた男。同期の北森だ。
「あ、北森。お早う。」
「はよ。で、苑田さん。」
「ん・・、まぁちょっと。」
並んでタイムカードを押す。
「そのあたりで一緒になったんならいいけどさ。あの人にあんま関わるなよ?」
「え?なんで?」
北森は声を小さくし、続けた。
「あの人はヤバいんだ。」
「ヤバい・・って・・・?」
俺の声も小さくなる。
「・・・ここじゃ話せない。昼、外で食えるか?その時話すからさ。」
「うん、わかった。」

なんだろ、ヤバいって。

―(苑田を信じてやれよ。そのうち色んな事を聞くと思うが)
不意に、主任の言葉が耳の底に蘇る。

「色んな事・・・」

『プリズム』

『プリズム』4*もう一つの営業

☆ ☆ ☆


昼、北森はなぜか社外で、騒々しい食堂に俺を連れ込んだ。セルフサービスでそれぞれ好きに取って盆にのせ、席に着く。
「それで、なにがあるんだ?苑田さん」
「・・っ、早々に聞く事か?・・・まあ、いいけどさ」
箸を取る前に聞いた俺に呆れ顔の北森。お茶を飲んで、
「あの人・・、噂があるんだ・・・」
口ごもる。
「噂って・・どんな?」
黙ってしまったのをせっつこうとしたら、
「枕営業、してる・・・・らしい」
「枕?」
「そ」
変な事を言って、飯を詰め込みはじめた。

「うち、文房具売ってる会社なのに、苑田さん、枕売ってるのか?」
それって全然畑違いの商品だけど。
ぐっ、と何かを詰まらせたらしい。北森はげホげほッと咳きこみ、口を押さえながらお茶を取り水分で流し込む。
「おまえなあ。・・・ごほっ」
「ほかに何があるんだ?」
俺の言葉に哀れみの視線を向ける北森だったが、
「ま、俺も教えてもらうまで知らなかったからおまえのこと言えないんだけどさ・・・」
それから、もう一回お茶を飲んで『耳を貸せ』と手招きする。テーブル越しに体を伸ばし、北森が耳元で告げたのは、
「苑田さんって、・・・営業の人と、寝て、・・・・取引成立させてる、って・・・」

まさか。

「そんな顔して見るなよ・・。俺だって、知らなかったって言ってるだろ?」
「だ・・って、営業先って・・」
男の方が多いぞ。
「だから・・・」
言いにくそうに横を向く。想像してくれってことか?・・・・男同士で、寝る・・・・。
不意に、進藤部長といた時の苑田さんを思い出す。どこか物憂げで、目が、離せなくて。あれは・・・・?

「おまえも気をつけろよ?変なことされるかも知れないからさ。」
はっ、と意識を北森に向けなおす。
「あーあ、おまえはいいよな、一課で。俺二課だろ?苑田さんって悪い人じゃないんだけど、あんまりくっついてると俺まで同類に見られそうだし・・・」
「そんな言い方ないだろ。苑田さん、酔っぱらった俺のこと介抱してくれたんだ。」
ムッとして遮る。
「な・なんだよ?おまえ苑田さん気になってるのか?止めとけよ、あの人は。
それともまさか・・・真似する気か?」
「ばっ・・、そっちこそ馬鹿いうなよ。・・とにかく、苑田さんはいい人なんだから。」
「分かったわかった。ま、話はしやすいし、博学っていうの?よく知ってて聞けば教えてくれっけど・・・。」
いま一つ納得がいかない北森と俺は、続ける気も無くなり、ただ食事をするだけになった。

勘定を済ませ、外に出て二人でコーヒーを飲む。
「妙な話になって悪かったな。」
「いや、俺も言いすぎたかも。」
フォローし合って、じゃあ、と別れた。

(苑田さんが・・・枕・営業?そんなことしてるなんて信じられない。万が一、そうだったとしても絶対何か訳があるはずだ。)
俺は理由も無く確信していた。


あれから、挨拶回りした会社全部が俺の担当になり目が回りそうな忙しさで時間が経っていく。
苑田さんとはあれ以来会えていない。
寂しいと思っても、会って何を話せばいいのか会話の糸口さえ無いから、姿を見かけても声をかけられない。


☆ ☆ ☆


一課に来てようやく仕事に慣れてきた。仕事に一段落つき、休憩しようと自販機コーナー傍まで来た時、
「・・・・それで、会ってないのか?苑田。」
主任の声が聞こえて、’苑田’さんの名前にどきっとする。
それに続いて、
「なぜ会わなきゃいけないんです?」
苑田さんの声が聞こえてきた。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー2

角を曲った向こう、自販機がある休憩コーナーに主任と苑田さんがいるんだ。
「気に入ってるんじゃないのか?新井の事。」
「それは中島さんでしょう?」
「・・・隆裕に似てるからな。そう思わないか?」

たかひろ?誰だろう・・。

「中島さん。それは」
「いい加減自分も隆裕のことも許してやれ。・・あいつだって悲しむ。」
「・・でも俺は。気付いてたのに・・。助けるどころか、追い詰めて・・・・」
二人の会話が深刻そうで足が出ない。けど、引き返すことも出来なくて耳をそばだててしまう。

「それは、俺もだ。正直・・、驚いたよ。まさか隆裕が同性を愛していたなんてな。」

どうせい・・愛?それ・・・・って、ホモとかゲイ、の?

「まぁ、外でする話じゃない、終わりにしよう。
・・ああそれと浦野商事、何気にしてたんだ?」
「総務の部長、波枝さんのことで小耳にはさんだことがあっただけです。手に入ったら連絡しますよ。」
「担当は‘新井’だ。間違えんな?」
「先輩・・」
主任、クスクス笑ってる。
「ついでにあいつの元気少し分けてもらえ。それだけはてんこ盛りだ。」
「そ・・・ですね。」
う、こっちに来そうな気配がする。今の会話聞いてたって思われたくない。足を動かそうとして、
「わっっ」
「え?」
「苑田!」
逆に鉢合わせになり、苑田さんに体当たりしてしまった。
ダン!と派手めな音がして苑田さんが自販機にぶつかってしまう。
「・・・っつ・・」
「大丈夫か?」
「苑田さん、大丈夫ですか?!」
「あ・・ああ・・・、何とか・・。・・新井?」
肩をさすりながら、ぶつかったのが俺だと気付き、驚いている。
「新井?おまえなんでここに?」
言ってから、ああ、休憩か。という顔をする主任。時計を見て、
「うわ、会議あったんだ。先行くぞ。」
バタバタと行ってしまった。

「すみませんでした・・。苑田さん、大丈夫ですか?医者に入ったほうが・・」
「おおげさだな。大したことないって。」
気兼ねする俺に、なんでもないと腕を動かしたけど、やはり痛むんだろう、う、と小さく呻いた。
「あ、冷やした方がいいです。ココにいてくださいね?湿布もらってきますから。」
総務まで行って、湿布薬をもらい、ダッシュで戻る。

「・・・よ・かった・・・。・・・っ、帰っ・・・ちゃった、かと・・思っ・・・」
ぜいぜい息を切らす俺に、
「おま・・・」
絶句した苑田さん。ぷっと吹き出して、
「・・・あっつ・・・、痛た」
肩を押さえた。
「苑田・さん、湿布、・・貼ります、から・・、肩、出してください」
「いいよ。あとで自分でする。」
湿布だけもらうから、と手を出すのへ、
「俺のせい、ですから。それに、肩って、貼りにくいんです。俺、します。」
言い張る。
「だからな、新井。」
「肩、出してください。」
「・・・わかった。」
頑固だな、と小さく笑う。
最初に会った時の笑顔が重なって、ドキリとした。

ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めてYシャツも、薄いブルーの肌着も脱いでいく。
その仕草に色気を感じて、俺がしたかった・・、なんて思いが掠め、慌てて振り払う。

「・・ここで、いいですか?」
「ああ。」
指先で肩に触り、苑田さんに指示してもらって湿布を貼る。顔を近付けると、ふわ、と何か匂いがした。
(香水、じゃないよな・・・?なんだろう)
くん、と気付かれないようにもう一度嗅いで見る。・・・髪の毛から?

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー3

「新井?もういいか?」
「あっ・・、もうひとつ。」
用心にもう一枚、肩甲骨のあたりに貼る。苑田さんの肌は滑らかで俺より少し体温が低いのか、指が触れると、
「おまえの手、温かいんだ」
と言われた。・・そうかな? 誉められた訳じゃないけど、嬉しくなる。
「そうですか?よくわかりませんけど。・・はい、終わりました。」
「ん。ありがとな。」
肩を庇ってゆっくり服を着る苑田さんを見ていてまた、色っぽい、なんて思う。
ネクタイを締めたあと、思い出したように、
「そうだ、一応聞いておくから、おまえの携帯の番号とメアド教えろ。」
ドキッとする事を聞かれる。
「え?あの・・」
「浦野商事はおまえが担当なんだろ?」
がっかりしたけど、分かりました。と答え、赤外線交換した。
「それじゃ、仕事頑張れよ。」
「はい。」

机に戻り、この後の予定を確認する。今、デスクワークしたくない気分だったから明日の分を前倒しして外へ出ようと支度した。
「新井くん、出掛けるのか?」
「あ、小野山課長。・・はい。外回り、行ってきます。」
「仕事熱心なのはいいけど、書類は溜めこまないように。後で大変だからね?」
冗談ぽく言われたけど、確かに苦手だから首を竦めてしまう。
「・・行ってきます。」

鞄の中を見ながら歩いていたので、前をあまり注意していなかった。エレベータの音に顔を上げ、慌てて、
「待ってください、乗りますっ」
小走りになる。閉まりかけたドアを開けてくれたのは、中にいた、
「苑田さん・・・」
だ。
偶然二人だけで、何か話しかけたかったけど、話題が無い。
(えーと、えー・・と、・・あ)
「苑田さん」
「なんだ?」
「何かつけてますか?」
唐突な質問に、意味が分からない、と目で返され、
「さ・・さっき、湿布貼ってる時、何か匂いがして」
繰り返し聞くと、首を傾げ、考えて、聞き慣れない言葉が出てくる。
「・・・ヘアオイル、かな?」
「‘へあおいる’?」
「髪油、とも言うか。髪につける整髪料だ。
俺の髪、猫っ毛で、雨が降ったりすると広がるんだ。ワックスとかジェルは苦手で諦めてたんだが、ある人から教えてもらって、以来ずっとそれをつけてる。多分その匂いだろう。」
他の人には言うなよ。ちょっと恥ずかしいからな。
苑田さんが口止めした時、1階に着いてドアが開く。
「俺は来客待ち。おまえは?新井。」
「社内の在庫確認して、外回りしてきます。」
「そうか。」
行ってこい、と、肩を叩いてもらって外へ出た。



さて、そろそろか、と時間を確かめた苑田に、
「ずい分仲がいいじゃないか。」
冷やかな声をかけ、目の前に立ったのは、進藤だった。
「偶然さ。違う課の人間にどうこうする訳じゃない。」
苑田の対応は素っ気ない。
「そう願うよ。おまえの真似をされちゃたまらん。」
「あれはおまえが・・・ッ」
進藤の揶揄に言い返そうとした苑田が、顎を掴まれ言葉を継げなくなる。
「俺が、何だって?‘枕営業の苑田’。」
キッと睨みつけるのを鼻先で嗤い、
「今じゃご贔屓の客も、いるんだろ?俺のお陰だと感謝してもらいたいな。」
「進藤・・・」
苑田の体に力が入る。その時、道路でパァ―ンとクラクションが鳴った。
掴まれていた手を振り払い、外を見る苑田。
「おまえの客か。・・せいぜい頑張ってこい。」
俺のためにもな。
外の車を横目で眺め、下卑た笑いを口元に残しながら進藤は立ち去った。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー4

R 入ります。18歳未満の方、苦手な方はご遠慮ください。大丈夫な方はスクロールして、どうぞ。









































苑田は、大きく深呼吸して、心に積った澱(おり)のような怒りをやり過ごす。
外を見れば車が1台止まっていた。そばまで行くと窓が開き、
「進藤の難癖は相変わらずか?」
精悍な顔が笑いかけてきた。
「香川さん・・・」
「例の、積んできた。結構あるが全部持っていくか?」
「とりあえず車を(社の)駐車場へ入れてください。時々、見回りが来ますから。」
「はは、駐禁の違反切符を取られたらかなわん。わかった。」

苑田が指定した店に、香川は五分と待たせず姿を見せる。
「済みませんでした、無理言って。」
席に着いた香川に頭を下げた苑田に、
「面白い物、見つけてくるんだな。俺も自前で買い込んだし、損はしてない。気にするな。」
パンフレットのようなものを広げながら言う。
「・・へェ、こんな柄もあるんですね。」
「知らずに頼んだのか?」
チェックを入れる苑田へ少しからかい気味の声で香川が言えば、
「全部は知りませんでした。」
答が返る。
ひと息ついて、コーヒーを飲み、気になった事を聞いた。
「まさかあなたが直々に持ってくるとは思いませんでした。・・・なにかあったんですか?」
「いや、高松に会った帰りがけだ。」
短い言葉が戻って、それきり。



香川とは、進藤と一緒に行った接待の席で出会った。もう四・五年前になる。
方の網目をくぐる事もする男で、色々なつながりを持っていた。何故か苑田を気に入り、頼み事をするとどんな事も引き受けてくれる。ただ、自分の内へは決して入り込ませない。
だから苑田も、あえて香川の詮索はしなかった。

駐車場へ戻り、番号と柄を見比べながら五つほど選んで袋に移し、礼を言おうとして。
顔を上げた所を、ぐい、と肩を押され、壁に押し付けられた。苑田はそっと体の力を抜いて近付く顔に瞳を閉ざす。

香川のキスは、いつも苑田を追い上げた。寸前までイかされることはしょっちゅうで、だが、行為には至らず、一線を越えることは無い。熱く昂ぶった体を時には解放し、時に宥めるのは、いつも香川が居なくなってからだ。
しかし今日は、違っていた。

両手首を取られ、頭上で一つに纏めて固定される。
「かがわさ・・・」
初めての行為に苑田の体が強張るのも気にかけず、さらに空いた手がスーツの中へ入れられ、シャツの上から胸元を擦りあげられる。
「・・っ、香が・・・」
抗議の声を上げる前に再び口付けされ、蹂躙するかように荒々しく口腔を犯された。
「んっ・・、う、・・・・ふ・・。・・んん・・・っ」
呼吸もままならず、抗おうとする意識まで薄れかかる。
手が、苑田の股間を握りこんだ。 びくん、と跳ねる体へ膝を押しこみ足を広げさせる香川。
「・・・っ、・・ぁ、や・・っ、んぅっ・・・」
ようやく唇が離れ、強引な愛撫に喘ぐ息遣いと、駐車場内に響くのを恐れて押し殺した嬌声が、とめようも無く溢れて落ちる。
(嫌だ・・。こんな所で、達かせないでくれ・・・)
快感に追い上げられながらも流されたくない苑田は首を横に振って香川に訴えたが、見おろす香川の目の色は変わらず、何も読み取れない。
「ぃっ・・・ひァぁぁ・・・っ」
いつの間にかスラックスのファスナーが下ろされ、園田よりは節くれだった指が下着の奥で育ちきる前の雄を引き出し、先端から糸を引く透明な滴を纏わせながら直に扱いてくる。
耐えきれなかった。
「っく・・、あ・ぁう・・――ッ」
白い体液が飛び散る前に、先端に布のこすれる感触があったが、それでどうなるものでもなく。。
香川が足を割り込ませ、苑田を支えていなければずるずるとへたり込むところだった。
「・・・・・・。」
項垂れた頭上で何か呟く声がしたけれど、苑田は自分の荒い呼吸で聞きとれない。そして、萎えた雄がこの場で出来る限りの丁寧さで拭われ、優しく服の奥へおさめられる。最後に前を閉める音が羞恥を煽り、顔が火照った。

「どうして・・・」
それしか言葉が出ない。
「・・俺にも分からん。」
そんな言い草が、と目を上げれば、本当に困惑した顔に怒りがしぼんでいく。香川が、初めてみせる表情だった。
済まんな、と謝罪され、ゆっくり首を横に振る。
「俺は・・・、少し休んでから、行きます・・・。香川さんは?」
「長居し過ぎた。帰る。」
そうですか。
苑田が疲れた笑みで見送ると、
「トランクの中身、東京の部屋へ置いていく。いつでも取りに来い。それから・・、貸し一つにしていいぞ。」
車のドアを開けながら声を返してきた。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー5

{ちょっと横道・・。 香川と友人(?)の会話です。


その日の夜。
「・・どうした香川。もう酔ったか?」
グラスを持ったまま黙りこんだ相手に、高松が声をかける。
ここは会員制の店で、香川は高松と奥のボックス席で飲んでいるところだ。普段なら何人も女たちがいるが、今日は二人きりだった。

「・・・・竿無しになって後悔する事は無いと思っていたんだが・・・・」
そう言って苦笑いする香川。
「へえ?気になる女でも出来たか?」
ついからかうと、
「啼かせたい男が出来た。」
しらっと言われ、思わず飲みかけの酒を吹きだして噎せた高松。呆れて香川が投げたおしぼりで口や手を拭いながら、
「お・・男?」
聞き返す。
「ああ。・・・けど、手を出せねぇ。」
「出さねぇ、じゃなくって?」
「ありゃあ、蘭だ。・・・・極め付きの胡蝶蘭。」
「おまえらしくもない、お上品な」
強面でおどける高松のその物言いに、フン、と鼻で笑い、
「あの花はな、地面じゃなくて木に根を張る。着生蘭(ちゃくせいラン)っていうんだ。まあ、寄生植物の一種だな。そんな花みたいなあいつに手ェだしてみろ。下手するとこっちが喰われる。」
どこから拾ってきたのか、そんな蘊蓄(うんちく)をかたむけながら言ってのける。
「そんな上物(じょうもの)か?」
「・・しかも八分咲きで、自覚の無いまま誘ってやがる。ビルに通う連中が目の色変えてるぜ。」
「ビルって、‘大島ビル’?・・・ホストか?そいつ」
「いいや。進藤の鈴が付いてる。」
「・・・・・あれか。」
高松も大島ビルは出入りできる。‘進藤’の名前を聞いて思い出した。確かに女も男も誘う、花だ。

「また厄介なモンを・・」
苦笑した。後腐れが無いならいくらでも、と言いたいところだが。
「おまえが薫織(かおる)姐さんにあそこまで義理だてしちまったもんだから。」
今日も、あの女性(ひと)の誕生日だからって墓参り行ったろう?よくやる。・・は、言わずに、高松は空になった互いのグラスに酒を注いだ。
「俺だって苑田を、あいつの乱れ方を見るまではこれっぽッちも思ってなかったさ。」
ゆるりと笑みを刻む香川。
苑田が進藤とともに初めてビルに来た日、散々に嬲られたのを見て最後に部屋へ連れ込んだ。素肌に触れた感触を、今でも思い出せる。
(俺もどうやらあいつに捕まっているらしい・・・・。)
それもいいなと声を出さずに笑い、グラスをあおった。


高松と別れ、部屋へ戻ってシャワーを浴びる。
苑田の、トランクの中から品物を選びだす時の仕草が薫織を思い出させ、墓参りの帰りともあってコトに及んでしまったのが面映ゆい。
そういえば、初めて会った時の誇り高い瞳の色も似ていた・・、とそんなことまで浮かんできた。

薫織は、高松の所属する組の組長だった。抗争で闇討ちに遭い死んだ夫の後を継いだ彼女とは、株の取引で知り合い・・、恋に落ちた。
組を捨てられない彼女の、任侠の世界へ自分が行って守ろうと準備をしていた矢先、また襲撃があり、守り切れずに死なせてしまった後悔はまだ痛いままだ。

高松は、そんな香川とつかず離れずの関係で連絡を取り合う仲。中高とクラスメイトで気心は知れていて、今夜のような酒を飲むこともある。

(いつか借りっぱなしの恩、返さないとな・・・)

バスタオルで体を拭きながら洗面台の鏡に映る顔に呟いていた。



☆ ☆ ☆


苑田さんと携帯の番号とメアドを交換した翌々日。昼休みに電話が鳴った。
(苑田さんだ)
ディスプレイの名前を見るだけで気分が浮上する。
「はい、新井です。」
::今夜、空いてるか?」
::え?」
::ある所まで出掛けるんだが、一緒に来られるかと思って。どうだ?」
::ぅ・・は・はいっ。大丈夫です」
即答すると、苑田さんは電話の向こうでちょっと笑って、
::荷物持ちだぞ」
と言ってから時間と場所を教えてくれた。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー6

「新井。」
午後から降り出した雨の中、待ち合わせの駅の改札口でキョロキョロしていたら苑田さんが手を上げ、俺を呼んだ。
「すいません・・遅くなって・・」
「息せき切って走って来なくてもいいのに。」
遅刻はしてない。時間に余裕あるから、これでも飲んで落ち着け。そう言われて出されたペットボトルに口をつける。
「・・・・その荷物、ですか?俺が持つの。何が入ってるんです?」
覗いた手提げ袋は同じ長さの細長い物がいくつか入っていた。
「ああ、傘だ。」
「傘?」
「うん。これと同じ。」
持っていた傘を持ち上げる。
普通の傘に見えたけど、飲んで空になったボトルを捨てて駅の外へ出、苑田さんが傘を開いた時、驚いた。水に濡れると、地味なグリーンの傘に模様が浮き出あがってきたんだ。
「・・うわ。俺、模様が出てくる傘なんて初めて見ました。」
「そうか?」
苑田さんらしくて、お洒落な感じがする。でも当人は気にも留めず、
「じゃあ、行こうか。今から人に会うんだけど、それまでこれ、持っててほしいんだ。新井。」
「はい。わかりました。」
思っていたよりは軽いそれを受け取って後に付いた。



夜の雨の中、苑田さんと二人、道を辿る。知らない街なのに、街、だからかこのままずっと歩いていたいと思ってしまう。そのうち小さな公園に出た。苑田さんの足が止まり、街灯のあかりで時計を見る。
「ここで待つ。」
「こんなところで、ですか?」
ファミレスとか、ビルとかを想像してたのに。
「波枝さんは、だいたいこれくらいの時間に通るんだ。」
「波枝さん・・?」
「あ・・、来た。」
俺の後ろを見る。振り返って見えたのは、犬を連れた男性。散歩の途中らしい。俺たちを見て足を止めた。

「こんばんは、波枝さん。」
苑田さんが話しかける。
「君は・・・、苑田くん?」
「はい。お久しぶりです。」
「ああ、久しぶり。・・今日は、何かな?」
ええ、これを。
苑田さんは差していた傘を傾け、’波枝‘さんに見えるようにした。街灯の光に、傘の模様が浮かび上がって見える。
「それは。」
波枝さんの目が、ひかった。
「お嬢さんと奥さんが探していた、‘水に濡れると模様が浮かび上がる傘’です。頂き物ですが、おすそ分けにと思いまして。」
俺に合図して、袋のまま渡そうとする。いいんだろうか。
「・・・・・うん。遠慮なくいただこう。」
伸ばされた手に手提げ袋を渡し、俺の仕事(?)はここで終了。
「じゃ、俺達はここで。」
挨拶した苑田さんに、
「一緒に来たのは、君の後輩?」
波枝さんが声をかける。
「いいえ。一課の新井です。中島主任のもとで勉強中です。」
見られないよう背中を叩かれ、
「は・初めまして。新井と言います。」
名乗った俺を、波枝さんはじっと見る。居心地悪かったんだけど、苑田さんの、では、失礼します。の声に、一緒に頭を下げて背中を向けた。

「苑田さん・・・・。良かったんですか?」
「何が?」
「だって、あの傘・・・」
「波枝さんが探してるって聞いて、伝手(つて)を頼ったんだ。受け取ってもらえるかどうかは半々だったけどな。」
「でも。自腹なんじゃ・・」
高価(たか)そうだ、と思っていたら、
「そんなに高価なものじゃないから、安心しろ。箱に入れたり包装してあったりするから見栄えがいいだけ。」
本当に?
疑問を浮かべる俺の顔を見た苑田さんは、
「賄賂みたいなものじゃないって。もしそうなら波枝さんだって受け取らない。それに、目的は別だ。」
にっと笑う。それから、
「急に呼びだして悪かったな。晩飯、俺が奢る。」
「い・・いいですよ。時間あったし、・・・苑田さんが呼んでくれたから」
嬉しい、は、変かと思って止める。そんな俺に、クスッと笑って、
「そんなこと言うと、立ち食いそばになるぞ?」
「あ、それでもいいです。まだ入った事ないんで。」
からかうような口調に答える。
「『入ったこと、ない』?」
「そうです。」
「なら、立ち食いデビューするか?」
「苑田さん、美味しいとこ、知ってます?」
連れてってやる。笑いながら改札をくぐった。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー7

R 入ります。ぬるくて、少ぉしですが。  18才未満、苦手な方はご遠慮ください。
大丈夫な方、スクロ-ルしてどうぞ。


























「ごちそうさまでした。旨かったです。」
「あそこは個人経営のようだったし、客の注文を聞いてから麺を茹でていたようだったから、俺も入ってみたかったんだ。」
「え?ほかは違うんですか?」
頷いた苑田さんは、チェーン店があったり、店によって作り方やトッピングも違う事をお教えてくれる。俺はただ感心して聞いていた。
「すごいですね、苑田さん。何でも知ってるんだ。」
「興味があるのを検索かけるだけだ。すごくは無い。」
「そんな事ないですよ。俺なんかすぐ忘れちゃって。」
「そうだな。降りる駅まで忘れそうだ。」
可笑しそうに言われてハッとして外を見れば駅名は俺の降りる駅だ。
「うわっ。ほんとだ!すいません、降りますっ。それじゃ」
「ああ。気をつけて帰れ。」
危ないあぶない、話に夢中になって乗り過ごすところだった。

でも、さっきの一体なんだったんだろう?
俺は苑田さんに呼ばれて重くもない荷物持ちして、波枝さん・と言う人に会っただけだ。苑田さんには目的があったみたいだけど・・。



シャワーを浴び、ベッドに寝転がりながらもう一度考えてみたけど、やっぱりわかんない。
替わりに、苑田さんを思い出した。
傘の中のあの人はしっとりした雰囲気で声まで違って聞こえたし、波枝さんに柄を見せるのに傘を傾けた時は色気さえ感じて・・・・。

じん、と。
体の奥が疼いた。

苑田さんに会うたびいろんな顔を見せられる。笑った顔とか、湿布を貼った時に触れた肌の滑らかさまで思い出し、
(・・・・・苑田さんって、枕営業してるって・・・・)
(・・・あいつのこと、信じてやれよ・・・)
北森や主任の言葉も脳裏に浮かぶ。
いつの間にか、手を下着の奥に潜り込ませていた。
「・・・っ、は・・・。・・くっ」
そんな気はなかったのに指に力が入り、夢中になって快感を追い、またたく間に絶頂が来る。
「ん・・、んぅ・・――ッッ」
足先まで跳ねて吐精し、荒い息を繰り返したあと、のろのろと起き上がりティッシュを取って吐き出したものを拭った。
「何、やってんだ、俺・・・」
まさか、苑田さんをおカズに抜く、なんて。



同じ頃、苑田のスマホに連絡が入った。
「はい、苑田。」
::やあ。さっきは、ありがとう。」
::波枝さん。・・奥様たちには喜んでいただけたようですね。」
明るい声に返事を返す。
::・・・・あれは、オーダーしてくれたのか?」
::何のことでしょう?」
::傘の、模様だ。私も探したんだよ。だが、バラの花や藤、桔梗なんて模様はなかった。妻も娘も希少品を欲しがる性質だから大喜びだったが」
::さあ?もしお嫌でしたら・・」
::嫌も何も、取りあいしているよ。」
電話の向こうで苦笑している。
::それで・・、本題は、彼か。新井くん、と言ったね。」
::ええ。これから御社の担当になります。」
::えこ贔屓はできないんだが」
::されてもらっては困ります。ただ、長い目で見てやってください。」
::あい変わらず、だな君は。私利私欲がないというか。。それが君の強みでもあるが・・・。
  わかった。私が総務にいる間は気にかけておこう。」
::お願いします。」
::ああ、それと」
::はい?」
::課長の沢口くんがもう一社入れたがっていた。」
::新規参入、ですか?」
こんな時期に?と思って聞きなおすと、
::どこかから、口に飴でも入れられたらしい。社外の人間にしっぽを振っている。」
苦々しそうに言葉にした。
::そうですか・・。情報、ありがとうございます。」
::こっちこそ。それでは。」

話し終え、しばし考えた苑田は、短縮コールで呼び出しをかけた。
「・・・、あ、中島さん?」



『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去

落ち着きのいい所までにしたので、今日は少し多めです。



 翌朝は、晴れていた。
よかった。雨だったら昨夜の苑田さんを思い出し、自分の・・・・まで思い出して一人でじたばたしそうだったから。

「おはようございます。」
「おはよう。新井、今日、浦野商事行くんだったな?」
デスクについてすぐ、主任が声をかけてきた。
「はい。あそこは今回在庫確認だけなんで午前中に行こうかと。」
「資料、見せてみろ。」
「は、はい」
ファイルしていた物を主任に渡す。
何だろ?
「・・・・もう少し先まで展開させておいた方がいいな。」
「先まで・・ですか?」
「夏の、学生が夏休みに入るあたりまでの見積もり予定も揃えて持っていけ。」
「今からですか?・・・出掛けるの、午後になりますけど・・」
「構わん。アポはどうしてる?変更になるから連絡しておけよ?」
「今日行く事は取りつけてあります。時間指定は特に無かったので連絡はしなくてもいいんじゃないかと思います。」
聞いた主任の眉が寄る。俺、どっかミスった?
「あの・・・」
「とにかく作れ。チェック入れてやる。」
「・・分かりました。」

パソコンやファイル帳から資料を引き出し見積もり書を作成していると、
「新井、おまえ午前中に浦野商事へ行くんじゃなかったのか?」
通りかかった進藤部長が声をかけてきた。
「あ、はい。そうです。」
「まだ資料作ってるのか?」
「そうなんですが・・」
「部長、俺がチェック入れて不備があったの手直しさせています。それが終わったら出すつもりです。」
中島主任が気付いて、続けて何か言おうとした部長を遮るように俺に代わって答える。
「・・そうか。ならいい。」
何となく歯切れの悪い部長だったけど、俺が浦野商事に行く事は分かったらしく、それ以上聞かずに席へ戻っていった。
(不備は不備だけど・・、変な言い方したな、主任・・・)
小さく芽生えた不信は、揃えた資料をチェックしてもらっている時低い声で説明され消える。
「浦野商事に、新規参入を仕掛けている所があるらしい。」
「ええっ?」
「ばか、大声出すな。どこの会社か知らないが、今回おまえが甘いことしてたらつつかれて取引が減るかもしれん。だから長期の見積もりも出して、足元見られないようにしとけ。」
「はい、分かりました。」

OKをもらい、清書して、これからの予定を組み直す。

浦野商事は、本来ならアポ取りには煩く注文をつける会社だ。じゃあ何故、今回に限ってあいまいな日時指定だったのか、には理由があった。


「こんにちは。名賀都商事です。」
浦野商事の総務へ行き、ドアを開けて挨拶するのとほぼ同時に、
「遅いじゃないですか。いつも午前中に来ることになっているはずでしょう?」
きつい声で文句を言ったのは課長の沢口さん。
「あの、今日は」
「こっちにも予定があるんだから。遅れちゃ困るよ。」
「すみません。」
何だか機嫌が悪そう。いきなりケンケン言われた。でも、今日は特に時間指定なかったんだよな、確か。
「それで在庫の確認は?早くしてくれないか?」
「あ、はい、今から見てきます。それと」
「それと?ほかには頼んでない。」
急に言ったせいだろう、課長の声が裏返える。
「はい。夏休みにかけてこういう物も、と思いまして、資料をお持ちしました。」
「な・・・夏休・・み?」
「はい。」
あれ?課長さん、慌ててる?
「あの、自由研究なんかで、この文房具などが・・・」
説明しかけたら、背後でドアの開く音がした。

「あ、部長。」
「ぶ、部長?!」
女性の声と、課長の焦った声に振り返る。総務部の部長、さんは、見覚えのある・・・。
「波枝部長、な、何か?」
「ああ、いや、うっかり定規を折ってしまってね。代わりをもらいに来たんだ。
ところで、君は?」
妙に驚く沢口課長と話したあと、波枝部長・は、初対面・・の顔をして俺を見る。
咄嗟に合わせて、
「・・初めまして。この間からこちらを担当させていただいている、名賀都商事の新井です。よろしくお願いします。」
頭を下げ、出していいものか迷ったけどまァいいか、と名刺も出した。
「私はここ(総務)の部長をしている、波枝だ。部屋が違うからあまり会う事もないと思うが。」
と笑いながら名刺交換してくれる。
俺の後ろで沢口課長が喉にからまったみたいな変な声を上げたのが気になったけど、初めて‘部長’の肩書きを持つ人の名刺をもらって、嬉しくて、
「ありがとうございます。部長さんから名刺をもらうのって、初めてです。」
と口にしていた。部屋の中に小さな笑いが起こる。波枝部長も、
「そうか。それはうれしい。まあ、これからも頑張ってくれ。」
頬を緩めて笑うと、定規をもらって戻っていった。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー2

波枝部長が出て行ってから沢口課長に向き直り、さっきの説明の続きをしようとすると、
「な・名賀都商事さん、今日は、もう、いいから。」
と言われる。
「あの、見積もりは?」
「ま・・、また今度ってことにして」
「では、在庫チェックをしていきます。」
「あ、ああ。」
いつもならすぐ席を立ち、文句を言いながら俺の横で立ち合うのに、今日に限って座ったままだ。
「あの」
「課長、お忙しいようでしたら私が代わりに立ちあいます。」
「ゆ・・湯島くん。・・あ・あ、まかせる。」
見ていたのか、一人の女性が言ってくれて俺も課長さんもほっとした。

「私は湯島です。よろしく。」
「新井です。お願いします。」
廊下に出て挨拶しながら歩き出す。階段を下り倉庫前まで来たら、湯島さんが、我慢できない・とばかりに笑いだした。
「あの、湯島さん?」
「あ・・、ごめんね・・。あ・んまり、おかしく・・・って・・。」
ひとしきり笑ったあと、
「さっきの課長、思い出して・・。沢口課長、いつも威張るくせに仕事しないから、好かれてないの。それにさっき新井さん部長と名刺交換、してたでしょ?課長、まだ部長から名刺もらえてないからあんな反応したの。あなたが羨ましかったのね、きっと。
しばらく、嫌な事あってもこのネタで笑えるわ。」
言ってからまた口元を押さえる。俺は背中を向けていたから見えなかったけど、あの時の沢口課長の顔、見ものだったらしい。

「でも、波枝部長は嫌いな人いないわ。ダンディだし、家族思いだし。」
倉庫でチェックしながら話が続く。
「そうなんだ・・、あ、ですか?」
「ええそう。・・・そう言えば、少し前から傘、探していたけど見つかったのかしら?」
バサッと俺の手からチェックリストが落ちた。
「あ・・すみません。」
「大丈夫?」
「はい。」
傘って、あの‘傘’だ。苑田さんが持っていっていた。
「普通の傘じゃないらしいから聞いたら、水に濡れると模様が浮き上がるんですって。お洒落な傘があるのね。もし買ったら、お店とかメーカーとか教えてもらおうと思ってるの。・・・と、これ、もう無くなりそう。」
「は、はい。明日にでも持ってきます。」
「よく使うから、お願いしますね。」
商品名にチェックを入れながら、目を合わせないようにした。俺、ポーカーフェイスって出来ない。

「では、失礼します。」
帰りがけの挨拶をしていると、誰かがドアをノックした。
「こんにちはー。浜崎文具の石清水ですー・・・。」
イケメンの、押しの強そうな男性が入って来て、俺をジロジロ無遠慮に見る。
仕事は終わったし、ムッとしたので沢口課長に頭を下げて部屋を出た。



(あの人、浦野商事の人だったんだ・・・)
仕事を続けながら苑田さんと波枝・・部長とのやり取りを思い出す。苑田さん、一体何をしに行ったんだろう?俺に判らないことがあった、とは思うけど高度過ぎてみえない。

山に登る方が分かりやすいや。
社会人になってから、行けてないなあ。・・・・・今度の休みにでも行ってみようか。もし、OKしてくれたら苑田さん誘って。


「ただ今戻りました。」
「おう。どうだった?」
社では、中島主任が‘待ってたぞ’とばかりに声をかけてくる。
「はい。どこも前回とあまり変わりません。補充品の確認に倉庫見てきます。」
鞄を机に置いてメモを取り出す。
「・・・・浦野商事は?」
「特に何も。あ、ただ」
「ただ?」
「浜崎文具の石清水って人とすれ違いました。」
「・・・。そうか。」
主任が何か納得した顔をした時、向こうでトンッ!て机を叩く音がしたのでつい見たら進藤部長と目が合った。すぐに視線は逸らされたけど。・・・・睨んでた?まさかね。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去-3

今日も多めになりました。 進藤が、動き始めます。


物品を揃えて部屋へ戻る途中、休憩コーナーにいる主任に手招きされた。
「はい、なんですか?」
「ほら、ひと息入れろ。」
炭酸飲料の缶を渡される。・・うーん、大丈夫かなあ。
「どうした?」
「いえ」
苑田さんは前、降ったのをくれたんだ。主任はそんな事しないと思うけど・・。
「・・いただきます。」
用心に体から離してプルタブを開ける。泡は、出なかった。
「何だ、振ってからおまえにやった、なんて思ったのか?」
「・・っ、です」
主任、飲んでる時に聞かないでくださいっ。喉に詰まりそうになるじゃないですか。

「なぁ新井。浦野商事の事だが、浜崎文具の、岩清水ってやつに会ったと言ったな?」
「そうです。」
「俺はその名前、初めて聞いたぞ。」
「初めて・・・・?じゃあ」
「ああ。多分それが’新規参入‘だ。」
あいつ、どこから聞いたんだ? 後半の低い呟きは、半信半疑のトーンだ。
「主任?」
「いや、こっちの話だ。」
考え出した主任の横で、俺も聞いてみたい事があった。傘の事だ。でも、どこまで話していいんだろう?

「主任・・」
迷って、でも聞きたいと声に出す。
「何だ?」
「聞いて欲しいことがあるんです。この間行ったバーへ、また連れて行ってくれませんか?」
「あそこか。・・・・明日なら空けられる。」
「はい。お願いします。」
☆ ☆ ☆


「いらっしゃいま・・・・、おや。」
ドアを開けた主任と俺を見たマスターが、面白そうな声になる。
「こんばんは」
「なんだマスター、俺たちが一緒たとおかしいか?」
「いいえ、この間と逆だな、と思って。」
主任に答えて目で一隅を示す。と、
「苑田、来てたのか。」
「最近よく会いますね。」
苑田さんがカウンターの奥から返事する。主任は当たり前のようにその横へ座りながら、
「そうだな。・・・・ああ、新規な、浜崎文具・・ってとこだった。」
「・・そう、ですか。ずい分早く分かったんですね?」
「昨日、新井が会ったそうだ。」
「昨日?」
マスターが主任のグラスをそっと置く。俺にはまたカクテルを作ってくれている。
「浦野商事がしかけたのかもしれない」
「沢口さんが?」
どうかな、と首をひねった苑田さん。二人の会話を聞きながらどうしようと思った。
主任に’傘‘の話をしたかったのに苑田さんが居る。


☆ ☆ ☆


帰ろうとした進藤は、鳴ったスマホのディスプレイを見て、舌打ちしながら通話ボタンを押した。
::進藤さん、どう言う事なんですか?!話が違うじゃないですか!」
感情がすぐ出る相手の声にイラッとする。
::それはこっちの言う事だ。新入り一人あしらえないのかあんたは」
::そんなこと言ったって、あんな長期の見積もりまで持って来られて、挙句に部長
  と名刺交換までして・・・」
::長期の見積もり?おれはそんな指示してないぞ。」
::それに、浜崎文具だって遅れてくるから値段の交渉まで出来なかった・・」
::石清水が遅れた?」
::そうだよ!そのせいで文句つけられなかったんだ、あんたんとこの新入りに!」
::石清水はどうした?そのまま手ぶらで帰したんじゃないだろうな浜口さん。」
今まで一方的に文句を言っていた浦野商事の浜口が、進藤の恫喝するような口調に黙りこむ。
::返事が聞こえないぞ、浜口。石清水にどれだけ入れさせた?」
::・・・い・・一割・・」
::一割?」
::そ・そうだ・・・」
::それッぽちか?」
::だ・・だってしょうがないじゃないか!あんたんとこは部長が来ちゃったから減らせなかったし、俺の権限だけじゃ露骨に増減できないし、部長は」
::わかった。もういい。」
::お・・・おい・・」
::あんたは役目を果たした。」
冷たい声に、沢口が怯む。
::そ・そうだよ・・な?」
::ああ、そうだ。」
::じゃ、また、連れてってくれるよな?」
::そのうちな。」
返事も聞かず、進藤は電話を切った。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー4

「役立たずが」
怒りを込めて吐き捨て椅子に凭れる。
(あいつに餌を投げたのは失敗だった)


新井に浦野商事の仕事でミスをさせ、引っぱる計画だったが今回は上手くいかなかった。
(また方法を考えないと)
クラブからもそろそろ新人を、と言ってきている。あそこで得たものを失わないためにも、
新井は条件にぴったりなのだ。
(専務に食い込むにもあれは必要だ・・・)

苑田の時は、簡単だった。まさかあいつの兄が伯父の心中相手だったとは思ってもいなか
ったから、知った時には小躍りした。
その事実と写真の入ったUSBを突き付けただけで簡単に落ちた。

「まだあいつには群がる奴らがいる。いざとなったら乱交でもさせるか。」
くく、と唇を歪ませて嗤い(わらい)、気を取り直した進藤は腰を上げた。


☆ ☆ ☆


カクテルをビールに変えてもらい、気が大きくなった俺は思い切って聞いてみた。
「苑田さん。あの傘・・、どっかで売ってるんですか?」
「傘? 何の話だ?」
とは主任。
「浦野商事の、湯島(ひと)さんって女性が‘模様の浮き出る傘’て探してて、苑田さんがこの間持っていたのがそれだったから・・・」
「ああ、あれか。売り場には無いこともあるから、ネットで探す方が早いと思う。」
「よくそんなの知ってたな、苑田。」
「知り合いが欲しがっていたんで、面白そうだし探しただけです。」
「とか言いながら実物持って行ったんだろ?」
主任が鋭く突っ込む。

はい、そうです。幾つも持って行きました。俺を荷物持ちにして。・・・・苑田さんに、口止めされている訳でもないのに、言えない。

「男性用もありましたから。よかったら持ってきましょうか?せんぱい。」
「ばーか。俺に似合うか。だが、そんな事に自腹するな。今に持たなくなるぞ。」
「気をつけますよ。・・・新井。」
「は・はい」
苑田さんが流し目をするみたいに俺を見る。どうしてこの人はこんなに色っぽくなるんだろう。
「あとで情報メールしとくから、湯島さん?に教えてあげるといい。」
「はい、お願いします。」

あとから色々分かってきたけど、湯島さんは’女史‘とあだ名されるくらいキャリアがある人なんだとか。けど姐御肌でもあって、沢口課長より総務で影響力のあるらしい。確かに歩き方もスッとしていた。



酔い潰れないうちに帰った新井。
居残った中島が、頭の中で整理した推測を苑田にぶつける。
「・・・それで、傘を使って先方(浦野商事)から新規参入の気配を聞きだしたのか?」
「いいえ。運が良かっただけです。波枝さんが忘れていたらそれっきりでした。」
「おまえは・・・」
言いかけてグラスの中身を飲み干す。
「全く。どうしてそれを武器にしてあがろうと思わないんだ?情報をキャッチするアンテナの高さとその行動力は同期の中でずば抜けているのに。宝の持ち腐れだ」
「・・・俺は、目立ちたくないんです。中島さんも知っているでしょう?隆裕の事。」
「・・まあな。だが」
「だからいいんです。それより、中島さんの方こそずい分気合が入ってるじゃありませんか?」
「新井か?」
「ええ。彼に任せたの、クセのある所が多いですよね?」
「‘鉄は熱いうちに打て’だ。山岳部だったんなら根性あるだろうしあれで意外に気が回る。
立ち直りも早い。 良い営業になると思ってる。」
「中島さんの太鼓判があるなら大丈夫。」
クスリと笑う苑田。グラスを取り氷だけなのに気付く。
「おかわり、作りましょうか?」
「うん、頼もうか・・・、」
マスターにグラスを渡そうとして手が止まる。マナーモードのスマホを取り出し、ため息をついた。
「ごめん、要らなくなった。」
「いいですよ」
マスターの柔らかい笑顔へ唇の端でだけ笑い返し、止まり木を降りる。背中を見せた苑田に、
「いい加減断ち切れ。」
中島が、繰り返し言っている言葉をかける。
「・・・・お先に。」
一度立ち止まった苑田だったが、振り返らず出て行った。


『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー5

苑田の回想が入ります・・。そしてここからRも。ハードな場面も出てくるかと思いますので、18歳未満や苦手な方はご遠慮ください。 大丈夫な方は、スクロールしてどうぞ。
























~~子湖塚の店を少し離れたところでリダイヤルする。プライベートの携帯は持たされている物で、出るのはもちろん進藤だ。
::俺を待たせるとは度胸がついたもんだな、苑田。」
::・・・・今日は、何だ?」
::おまえを呼ぶ用は一つしかないだろうが。相手が待ってるんだ、すぐ来い」
::―――― 場所は?」
ここからそう遠くないところの名前を言われ、タクシーを探すために大通りへ歩きだす。
(初めて進藤と会話を交わした時は、こんな風になると思ってなかった・・・。)

なぜ隆裕の相手の親戚と、しかも会社の同期で出会わなければいけなかったのか。
重いため息がもれた。



☆ ☆ ☆



「済まないな、苑田。付き合わせて。恩に着るよ。」
進藤がそう言って自分の接待に俺を連れ出したのは、まだ二人とも同じ営業一課にいた頃だった。
もう、四・五年前の話だ。



☆ ☆ ☆



「どういう事だ、進藤。こいつをさっさと外せ。」
「意外に似合ってるじゃないか、苑田。」
身動きできない俺を前にあいつはそう言って、見たことの無い卑しい笑いを浮かべると、ベルトに手をかける。
「何をする」
「決まってるじゃないか。営業してもらうのさ、俺のためにな。」

着ている背広の両袖と背中に鉄パイプが通され、動くことの出来ない俺に聞かせるように、わざと音を立ててベルトと釦(ボタン)を外し、ファスナーを下ろす。その上でスラックスを押し下げると手を放した。
「・・っ」
足下(あしもと)に落ちて絡まるボトムと晒される下半身に、頬が羞恥で染まる。


目を固く閉じ、顔をそむけることしか出来ない苑田に、耳を疑う会話が聞こえた。
「ほう。これが君の」
「はい。お気に召していただけましたか?」
「なかなか良さそうだが、味はどうかな?」
「さあ、それは。今回初物をご用意したので。」
「初物?」
「ええ。いかがです?」
進藤の言葉の意味はほとんど理解できない苑田だったが、話していた男二人には通じたらしい。喉を鳴らした。
「本当だろうね?」
「本当ですとも。こちらも今回はそれだけ配慮していただきたいですからね。」
押しの強い言葉には答えず、男の一人が無言で手を伸ばし、苑田の、まだ何の反応もしていない雄を下着ごと握る。

「んあっ」
いきなり急所を握られ、たまらず声が上がり痛みに目が開いた。
「いい声だ。」
そのまま平然と嬲り続ける男を睨みつけても効果はない。
「はっ、放せっ・・・・、くぅ」
体をひねって腰を引こうとすると力を入れられ、痛みに動けなくなる。
「河中さん、そこまでにしてください。商談(はなし)が先です。でなければこれは無しです。」
進藤が焦らすように相手の腕を掴んで引き離した。
「む・・。まあ、よかろう。楽しみは取っておくほうがいいからな。それで、条件は?」
「では、こちらへ。」

進藤が二人を連れ移動する。体の力が抜け、やっとまともに息が吐けるようになった。
(一体これは、何だ?・・・どうしてこんな事に・・・・・)

まだ酒が残っているのか意識を集中できない。それでも記憶を辿ると、
進藤に拝むようにされて彼の接待に付き合い、ここまで来たことを思い出した。来てみれば、自分の知らない分野の話、彼の取引相手が時おり自分を視線で舐めなわす不快さに居心地の悪い思いをする。自然、酒を飲むピッチが早くなった。進藤に、
「飲みすぎるなよ。」
と言われた事までは覚えているが・・・。
(あのあと、俺は・・・?)
記憶が、ない。気付けば、まるで洗濯物みたいにぶら下げられ、進藤の取引の材料にされようとしている。何とか逃げ出せないものかと見回し、あたりの様子が分かるにつれ、不快感がこみ上げてきた。

 正面には大きな鏡が自分を映しだし、両脇にはテーブルとソファーがいくつか並んでいる。しかもソファーにはすでに人が座っているのだ。唇を噛んで視線を下に落とせば、足元は一段低くなり円形のタイル張りになっている。そして目に止まったのは、排水口だった。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー6

今日もRです。くれぐれも18才未満、苦手な方はご遠慮ください。大丈夫な方はスクロールして、どうぞ。


























「進藤はどうした?まだ始めない気か?」
ソファーに座っていた一人が手を上げ給仕を呼ぶ。酒を頼むついでのようにそう聞くのが耳に入る。
(俺は、見世物じゃない。)
悔しくて声の主を探せば男が一人立ち上がりこちらへ来るのが見えた。体格のいい、見栄えのする体はまるで肉食獣が近づいてくるようだが、キッと見返せば面白そうな顔をして口角を上げて笑う。
目の前に立ち、無造作に顎を捕えて直視してきた。射抜く視線に怯まずいると、
「香川さん。手を出されては困ります。それとも仲間に入りますか?」
進藤の声が。商談がすんだようだ。顔を動かせないので目だけで見れば、機嫌がいい。うまくいったのだろう。さっきの二人もいた。
「ふん。仲間にはいれば見返りを寄こせと言うんだろう?」
「よくご存じで。
なにしろこれはようやく連れてきたものなので、高く売るに越した事はありませんからね。」
「商売熱心なことだ。」
香川と呼ばれた男は面白くなさそうに呟くともう一度俺に視線を戻したあと手を放し、席に戻っていく。
「苑田、喜べよ。おまえのお陰で商談は成立だ。」
入れ替わって前に立った進藤が言った。
「・・・それなら俺の役目はもう終っただろう?帰らせてくれ。」
「帰る?・・はは、本気で言ってるのか?おまえの役目はまだ残ってるんだ。大事な接待の仕事がな。」
「接待?」
「そうとも。おまえに似合いの’接待‘が。せいぜい可愛がってもらえ。」
侮蔑の視線を投げ、
「ではどうぞご自由に。時間が来たら戻ります。」
俺の背中側に立っている二人に阿る(おもねる)口調で頭を軽く下げると部屋を出て行こうとする。
「進藤!」
「お・・っと。君の相手は我々だ。」
「そうそう。楽しませてくれよ?進藤くんはずい分無茶を言ってきたからねえ。」
河中と、もう一人が前へ回ってきて含み笑いながらにやつく。

そして、俺にとって忌まわしい夜が、始まった。




「ネクタイはこのままの方がいいだろう。」
「シャツの釦(ボタン)は?外しますか?」
「ああ。」
苑田を上から下まで眺め回した二人はいちいち口に出して、目を閉じた苑田に聞かせながら実行する。
乾いた指先が肌に触れ、悪寒が走った。
「可愛い反応だね、苑田くん?だが・・、じきに悦くなる。」
身震いしたのを感じ取った河中がそう言ってシャツをはだける。
「うん。こういうのも好みだ。」
白のY字タンクトップに舌なめずりし、布地の上から撫で回す。本気で鳥肌が立ったが、河中は気にする様子もない。
「男の胸とはいえ、こうすると感じるんだよ。」
言いながらシャツを捲りあげ、晒された胸の粒を、く、と爪で挟む。
「いっ・・・」
痛みしか感じなかったが、指の腹で押し回され、弾かれるうちに快感がもたらされてくる。
「・・・・ん・・ぅ・・ぁ」
押さえきれずもれた声を聞きとられ、
「初めてなのに、もういい声で鳴くんだな。」
粘りつくような声で揶揄される。恥ずかしさで全身が熱くなった。
「では、私も始めさせてもらおうか。」
いつの間にか背後に回っていたもう一人が、ぐい、と後ろから下着を引き下ろす。
「やめろっ」
言葉だけでしか抵抗できないがせめてもの意地で拒む。
「フフ・・・。いいね。やりがいがある。」
剥き出しになった臀部をピシャリと叩き、その男は何かを塗った手で苑田の双丘を撫でさすった。











『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー7

R続いています。れぐれも18才未満、苦手な方はご遠慮ください。大丈夫な方はスクロールして、どうぞ。
























這い回る感触に呻(うめ)きそうになり奥歯を噛む。すると、
「こっちもよくしてやらないと楽しみが減るからな。」
前に立つ河中が同じように下着を下ろそうとする。
「やめっ・・・・あ・ぅ」
わざと、硬くなりだした雄に引っ掛けながら力を入れる。そうやって性器まで弄(もてあそ)ばれることに何もできないまま、布地が外れた瞬間苑田の雄は上へ撥ねあがり、下腹に当たって小さく粘つく水音を立てる。くく、と河中は喉の奥で哂(わら)った。
「元気じゃないか。汗までかいてる。拭いてやらないといかん。」
ぐっと握り、鈴口から溢れる透明な滴を塗りこめるように親指でぐるぐる擦りだす。
「うっ・・ぁァ・・・よ・せっ・・・、や・・」
今まで知らなかった快感が押し寄せ、拒絶の言葉に嬌声が混じるのを止められない。前に気を取られている隙に、後ろの男が秘部をなぞり襞を押し広げながら柔らかな肉ごと揉みだした。
「嫌だ・・・、やめろ・・・っ」
しかし、滑った指先がくうっと押し入ってくる。
「う・・・く・・・」
侵入してくる異物に嫌悪と圧迫感がこみ上げ、声が軋(きし)む。
「まずは一本。なに、すぐ慣れる。そういうクスリも使ってるからね。」
(クスリ?)
苑田がその意味を考える間もなく、
「ここにも塗ってあげよう。」
河中が言って、ねっとりした液体を勃ちあがった雄に垂らしかけた。
効果はすぐ出て、そこがジワリと熱を帯びる。

(な・・・・?!)

「速効性だ、もう効いてきたろう?」
男の手が前を緩く扱いた。
「うああっ」
段違いの刺激に、ビク、と体が跳ねた。
「ほう、いいな。」
手が、さらに快感を引き出そうと動きをつけると、
「あぁ・・、嫌・だ・・・・やあっ」
拘束している鉄パイプを握りしめ、首を横に振っても、抗う声が高くなってしまう。
後ろに入れられていた指が、ぐりっと捩られた。
「ああぁぁぁ・・・」
「お」
後孔の内側から電流のように快感が走り抜け、射精感がこみ上げる。一段と張り詰めたそこを河中に気付かれ、ぎゅっと力を入れられ、ひとたまりもなかった。
「あ・あァッ」
察知して素早く避けた男の横を白濁が飛んでいく。体の力が抜け、荒い呼吸を繰り返す苑田を見ながら、
「元気がいい。やはり若いな。が、これでしばらく保つ。」
河中が先端に白蜜を残したやわらかな中芯を摘まむ。
「・・っ、やめ・・・・」
達したばかりのそこへの刺激は痛みをともなう快感で、目の裏に火花が散る。だが、後ろの指は苑田に意識を飛ばすことを許さなかった。

「ああっ・・・、あ・・あっ・・・・」
いつの間に増やされたのか、三本の指が内壁を擦りあげ、蠢き、伸縮する。

「いああっ」
「ここか。ふ・・、もっと楽しませてあげよう。」
体をびくんと反応させたある一点を探しあてた指が、そこを執拗に抉(えぐ)りはじめた。
「や・・・っ・・、アアッ、・・あっ・・ぁ」
痙攣を起こしたのかと思うほど何度もびくつかせる苑田に、河中たちだけでなく、周囲からも唾を呑む音がする。
(見られている・・)
幾つも聞こえるその音に、いやでも人の目を意識させられ羞恥と屈辱で全身が焦げるかと思う。

追い打ちをかけて、河中が、
「ほう。また勃ってきた。」
にやにやしながら苑田の雄を扱きだす。聞こえたのか、後ろを嬲るのに熱心だった男が声をかけた。
「そうか?・・では今度は私にヤらせてくれ。欲しいしな。」
「はい。ご存分に。」
敬語を使いながら河中が離れ、タイル張りの外へ出る。
正面間近から見られる事だけは免れほっとした苑田だったが、後ろの男が手を伸ばし探りながらぐいと二度目の硬さを示す雄を握り、その痛みに声が出てしまう。
「う・・っ、くぁぁ・・・ッ」
「うん、良い鳴き声だ。もっと聞かせてくれ。」
喘ぎながら目を開ければ自分のあられもない姿が真向かいに映し出され、咄嗟(とっさ)に下を向けばタイルに飛んだ己の証と、見ず知らずの男に絶頂へ追いやられているモノが嫌でも見えて、また固く目を閉じる。
容赦なくスライドされ、鈴口を指先で押しあけられる刺激に、堪えることができなかった。
「い・・・あっ・・ぁ・・・、ゃめっ・・・、ぁあ――――っ」
二度目の放出は男の手の中で、吐き出した精のほとんどを持っていかれる。何故なのかという疑問さえ起らない。だが、答はすぐに分かる。
下着がさらに下ろされ、滑りが狭間と綻んだ窄まりに塗りつけられたのだ。

「河中くん、お先に。」
「どうぞ、常務。」





『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー8

 今日もまたRです・・・。18才未満、および苦手な方、必ずご遠慮ください。
  大丈夫な方のみスクロールして、どうぞ。































ぐい、と腰を後ろに引かされ、ようやく事態を察した苑田が抵抗しようとした。 しかし。
「ひっ・・・・」
体に力を入れる前に指とは質量の違うものがずぐっと押し入ってくる。
「・・・・っ、まだ、きつい・・な」
「それはそれは。さすが、初物だけありますな。」
揉み手でもしていそうな河中の声は、苑田に聞こえなかった。

「ぃ・・っう・・・・、ゃ・・」
冷や汗が背中を伝い、痛みに舌まで強張る。
「・・・・、河中くん・・、済まんが・・・・」
「・・分かりました。」
張り出した部分が通過できず顔を赤くした常務が声をかけ、頷いた河中が再び前へ回り、汗の浮いた顔を覗き見た。
「いいね。そんな表情もそそるよ?」
ニヤリと嗤い手にクスリをつけると、萎えた雄に添えてそろりと撫であげる。

「はア・・ッ」
雷に打たれたかと思うほどの快感が苑田の体をいちだんと大きく跳ねさせ、その隙を狙い、肉棒がさらに奥へ打ち込まれる。
「ひ・・っ、やぁぁ・・・っ」
喉を晒して耐えるが、肌は淡く色づいている。
「ふん・・っ。い・いぞ・・、締まりが・・・・」
「・・う・・・んぅ・・っ、・・・ッアッ・・・アァぁっ」
無理やり拓かされる男を、周囲が興奮とともに見つめている。
「・・・、入・・った、ぞ・・。」
二つの荒い息の中、苑田を貫く男が征服者の声を上げた。ふうう、と二度ほど方を上下させて、律動を刻みはじめた。
「くっ・・、ん・・・・っ、・・そらっ」
「・・・いっ・・・や・ぁ・・・っ、・・・・あぅ」
内壁をごつごつと往復するモノの擦れる感覚に、眉を寄せ苦痛の声を上げていたが、ある一点を突き上げられ、
「あんん・・っ」
濡れ声に変わる。
「ほ・う・・。・・ここかっ」
「ぁ・・・、はあァッ。・・・・うあ・・っ、や・・い・・・っ」
「いい・・・、いい・ぞ・・っ。もっと・・・・鳴けっ」
「・・・っやぁ・・・っ。・・・・あ・あ・・・、・・・も・・・もぅ・・」
犯される苑田の体から溢れるフェロモンに河中も、
「何とも・・。君は汗の匂いまでこっちを発情させてくれるね・・」
酔ったように顔を赤くして、雄芯だけでなく二つのふぐり(陰のう)*まで揉みしだく。

ひう・・っ、と苑田の細い悲鳴が上がり、全身が強張る。絶頂がすぐそこに来ているのだろう。
「常務?」
河中が伺いを立てると、
「む・・、あと、ちょっと・・だ・・・」
「分かりました。」
返事を聞いて、指で輪を作り弾けようとした雄を戒める。
「アアッッ」
あと僅か、のところで堰きとめられ、身悶えたその力と刺激が後ろの男にかかり・・。
「うお・・・っ」
「んぁああ・・―――ッ」
体奥で吐き出された欲望に苑田もまた達していた。が、戒められたままの状態では快感が残されたままだ。
「苦しいか?」
河中が喘ぐ苑田の耳を舐めながら囁く。
「出させて欲しいなら、『達かせてください』と言え。」
その、上から目線の強要に、涙をこぼし閉ざされていた瞼が薄く開き、河中を見た。
「言え。『お願いします。イかせてください』だ。」
獲物をいたぶる喜びの顔をする河中。
「・・・・・だ・・・」
「何?」
「・・い・・・や・だ・・」
後ろの男がズル、と、放出し柔らかくなったモノを引き出した。卑しい笑いで苑田のひくつく窄まりを指で突つく。
「「あ・・はぅ・・・・」
肌が粟立ち、襞を弄られる感覚に声がもれる。つられて雄の先からとろりと白蜜が零れ落ちたが、体に籠もるせめぎは変わらない。
「ふう・・。中が動いてよく締まる。久しぶりに突っ込む愉しみを味わったよ。君も試してみるといい。」
「はい。・・ありがとうございます、常務。」
しおらしく礼を言った河中だったが、苑田へは歯をむき出すようにして笑い、
「言いたくないならそれでもいいさ」
少し体を動かして、身繕いして離れた常務のあとに立つ。
予告もなしに蹂躙され綻ぶ蕾に指を突き入れた。
「あ・・ああっ・・・」
侵入に、思わず指を締めつけるが、河中は容赦なく掻き回し引き抜く。 パタパタっと音を立てて残滓がタイルへ零れ落ちるのを見て、
「ずい分飲み込んだな。・・それに、確かに具合は良さそうだ。」
だが常務の後だ、着けておくか。後半は苑田だけに聞こえる言葉で呟き、意外なほどあっさりと指の戒めを外してしまった。

「あ・・?」
解放され、戸惑う苑田。が、背後で動く気配のあとすぐ腰を鷲掴みされ、再び硬い楔を打ち込まれた。

「やっあ・・・!・・あ・ぁ・・、くぅっ・・・、んっ、あ・・っ、あァッ」
先ほどとは違い激しく揺さぶられ、内側も強引に擦られ再び悦楽へ引き摺りあげられる。
河中はそれから意地の悪い責めを始めた。
動くのを、やめたのだ。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー9

月曜からR付きですみません。何とか終わらせました・・・・。その分長めです。18才未満、および苦手な方、必ずご遠慮ください。大丈夫な方のみ、スクロールでどうぞ。

























はあ、はあ、と肩で喘ぐ桜色の首筋に噛みつき歯型をつけ。
「んんっ・・・」
違う場所からの刺激に小さく震える苑田を見て、腰を動かす。
「んはっ・・、・・・あ・・」
止まる。
「・・っ、・・・」
頭を振って声も出せず悶える体へ、
「言え。」
さっきの言葉を言わせようとする。答が戻らないことに苛立ち、足元に丸く固まっているスラックスを踏んで片足を抜きださせるとそのまま持ちあげ、ストロークとグラインドを繰り返した。
「ぁあっ・・、あっ・・・・あ・あ・・・っ・・、は・んぅ・・っ」
「言えば・・、楽にして、やるぞ?」
そしてまたぎりぎりまで追い詰め、止まる。
YESもNOも言わず耐える苑田のかわりに、硬くなるだけの屹立が涙のように滴をこぼし続け、揺さぶられるたびに付く下腹と、内腿まで濡らしている。
「強情な」
舌打ちした河中がもう片方の手で胸の尖りをぎゅっとつねった。
「いんんっ・・・、ぅ・・っ・・、・・・・、」
掠れた声で、壮絶な色香を放ちながら責めを受ける苑田に、声もなく見入る何人もが自分の股間に手を伸ばし慰めはじめている。

「・・・・なんてやつだ・・。」
おそらくこの場でただ一人姿勢を変えていない香川が、興奮を抑えきれない声で呟く。

「言わないか!」
焦れた河中がぐいい、と突き上げ、
「―――― っっ・・・・」
苑田は声も出せず、薄白い白濁を半ば滴らせながら吐精しがくりと首を折って意識を手放した。瞬間、きつく締めあげられ、河中も逐情し、果てる。
「・・・・・・、くそう、言わずに気を失ったか・・・」
思い通りに出来なかった不満を口にしたが満足はしたようで、引き出された雄は大量の精を薄い膜の中へ放っていた。

長い息を吐いて後始末し、苑田のYシャツで手を拭った河中のそばへ、
「いかがでしたか?初物は。満足・・していただけたようで。」
歩み寄り、声をかける、進藤。
「強情な奴だが、いいな。」
「ではいずれ次の機会を設けますから、そのときにまた。」
「ほう・・。次もあるのか?」
「もちろんです。長いおつきあいを願いたいですからね、我が社が一番で。」
ご希望もお聞きします。と耳打ちした進藤は、氷の目で苑田を見おろした。


進藤が接待した二人を送り出し戻ってくるまで、二人掛かりで辱められ吐精と挿入で下半身を汚したまま動けない苑田を、さらに見物客の何人かが嬲っていく。

*「おまえが枕営業しているらしい、って噂は、本当だったんだな。」

ほとんどの客が帰り、静かになった室内に勝ち誇った様子の進藤の声が響く。蔑む目が苑田を見ている。
「進藤・・・・。おまえ・は」
疲れ切った体でようやく顔を上げた苑田。
「俺を・・・、嵌めたの、か?」
「おまえが勝手について来たんだぞ?野郎二人も相手にしてヨガるなんざみていられなかったぜ。」
問い詰めにフンと鼻で嘲笑い、嘯く(うそぶく)。
「ま、おかげで俺は大口の契約成立だ。ったく、強引に付いてこられた時はどうなるかと思ったが、イイ思いもできてことだろうし貸し借り無しにしておいてやる。
そんなに飢えてるならまた呼んでやるから感謝しろ?・・・・何だ、その目は」
あまりの勝手な解釈に怒りを込めて睨みあげていれば、それがカンにさわったのか顔色を変え、近くのテーブルにあったピッチャーを手に取るなり苑田の顔に浴びせかけた。
「・・!」
「ははは、いいザマだ。時間が来るまでそうしているがいい。」
外へ出たら気をつけろ。そのまま帰れはしないだろうからな。背中越しに最後の一言を投げ、進藤は靴の汚れを床になすりつけると部屋を出て行く。



「ずいぶんやられたな。」
ゆったりした足取りで近付いてきたのは、最初に苑田に触れた香川と呼ばれた男だ。
「服はもう使えないだろう」
言いながらハンカチを取り出し顔を拭く。優しく顔の輪郭をなぞられ、目を開けられるようになって下を見れば、スラックスは下着ごと脱がし捨てられ、踏まれ・・汚れていた。

「あんたも・・・、俺をヤりたいのか・・・」

俯いたまま投げやりになる苑田の顎を指先が捕え持ちあげていく。上を向かされ視線が合うと、誇りを失くしていない苑田の瞳の色に、香川は口角を上げて笑う。
「いい目だ。」
そして片手を上げどこかへ合図する。ガチャン・・、と機械音がして、苑田の服を貫き拘束していた鉄パイプが引き抜かれていった。






*「おまえが枕営業しているらしい、って噂は、本当だったんだな。」
進藤のこのセリフですが、この時点では事実無根、全くの嘘です。 ですが、進藤は苑田を罠にはめるため、この接待の少し前から自分で、
「そう言えば・・・、苑田、営業先の担当とか誰かに、色目使われて困ってる、って言ってたなぁ。」
などと、聞いた方が疑惑を持つように言っていました。

苑田が気付いた時には噂が広がっていて、本人も否定出来なく(もう進藤の取引材料に)なっていたんです。

悪い奴。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去-10

ハードなRは終わりました。が、少ーしだけ緩くRが入りますので、15歳未満の方、お好きでない方はご遠慮ください。大丈夫な皆さま、スクロールしてどうぞ。





















立っている体力もない体を香川に抱き支えられ、そのまま担ぎあげられる。
「はな・・せ・・・・」
「立てないもん(者)がでかい口をたたくな。」
抵抗しようとしたが拳を握れず、平手で弱く背中を叩くことしか出来ない。

連れていかれたのは、ホテルらしい一室。広いバスルームの浴漕に座らされ、身につけている服を上着から順に手際よく脱がされていく。それらを手に持ち一度浴室を出た香川は、全裸になってくるとシャワーのコックを捻った。

「何を・・?」
「少し沁みるが我慢しろ。汚れを落とす。」

なりゆきに思考が追い付かずぼんやり見上げ、身体の傷に目が止まる。無駄の無い体つきにあるのは、右の肩近くにある傷と、左のあばら下から臍に向かって直線に伸びる、二つの傷だ。
 不思議に恐怖や不安は起きなかった。この男に似合う傷だと思う。

「俺の傷を見て驚かなかったな。 なぜだ?」
視線を外さずにいたら気付いて聞いてきたので、思ったままを口にする。
「なぜ、と言われても・・。ただ、似合う傷だと思っただけだ。」
驚いた表情を走らせ、喉の奥で笑った香川は、
「気に入った。」
顔を近付け、唇を押し当てた。
「・・契約の印だ。俺のアドレスを教えておく。必要になったらいつで使え。」




裏社会にも伝手があるらしい香川と言う男に、どういう訳か気に入られた。
しばらくはアドレスを見ることさえ無かったかったが、ある時、仕事で知らずにブラック系の会社と取引してしまい、思い悩んだ挙句連絡を取った。
彼のお陰で穏便に契約解消でき、以来、体を重ねることもなく付かず離れずの関係が続いている。



 だが、進藤とは、変わってしまった。


あの夜、進藤は最初から俺を取引の道具にするため連れ出し、クスリを混ぜた酒を飲ませて晒しものにしたのだ。
翌日、軋む体を宥めながら出社し、彼をミーティングルームへ呼び出して問い詰めた。

「進藤。昨夜のあれは、どういう事だ?」
「どういう事?決まってるじゃないか。男に突っ込んで欲しくてうずうずしているおまえに機会を提供してやったんだ、感謝しろ。」
「・・俺は抱かれる趣味など無い。」
「ふん、それなら女を抱かせてやる。俺の取引先にはおまえのような男を欲しがっている暇なばばぁがうようよいて、いつでもOKらしいからな。」
「そんな事を言ってるんじゃない・・・・っ」
体に力を入れたせいで局部に痛みが走り、思わず唇を噛むと、

「いい気になるんじゃないぞ。ホモの弟のクセに。」

冷たい声が浴びせられた。
「忘れるな。おまえの変態兄が、俺の叔父をころし、叔父の家族をめちゃくちゃにしたんだ。*車で心中した時、叔父の下の子は、まだ小学生だったんだぞっ!」
言われて、自分の顔が青ざめていくのが分かる。
「小母はあれから必死で働いて子供たちを育てた。俺はまだ学生で何も手を貸すことが出来ず、それがどんなに悔しかったか・・・。
そんな事をおまえの兄は叔父一家にしでかしたんだ。わかってるのか?!」
「俺の両親だって知らなかったんだ、隆裕の相手が男で、家庭教師をしている子の父親だったなんて!それに・・、事故の後何度も謝りに行ったし、援助を申し出て・・・」
「夫や父親を亡くす原因になった相手からの援助?受け取ると思ったのか?お目出度いやつらだな」
「違う。せめてお詫びをと・・・」
「だったら、少しぐらい俺の役に立て」
進藤の目がギラリと光った。

「しん、藤?」
「それとも、こいつをネットに流してやろうか?」
進藤が取り出したのはUSBメモリ。
「ゆうべのおまえが全部入ってる。変態の弟はやっぱり変態だったとタイトルをつけてやれば喰いつく連中も大勢いるだろうさ。」
「・・・やめろ・・」

そんな事になったら、詳しい事情を知っている人がいないとはいえあれから世間に身を縮めるようにして生きてきた父は、さらに打ちのめされてしまう。
同居してくれている母の従姉(いとこ)の和美さんだって、何を言われるか。

「どうするんだ、‘枕営業の苑田’。」

「・・・・わかっ・・た・・・」


それからは、専用の携帯を持たされ、言いなりに何人もと寝た。
順調にランクを上げた進藤は現在(いま)、部長になっている。




*車で心中。・・・苑田の家族も、進藤や彼の亡くなった叔父の妻もそう思っています。真実を知っているのは、苑田の母親の従姉、和美さんです。明らかになるのはずっとずーっと後になります。苑田のお母さんが出てこないのは近々分かりますので、しばらく、お待ちください。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家

 新井くん目線に戻ります。

☆ ☆ ☆


‘傘持ち‘をしてから十日ほど経った金曜日。夕方になってやっと苑田さんを捕まえられた。
「苑田さん」
「ん?」
廊下で、背後からの呼びかけに肩越しに振り返り、俺を見て軽い疑問を浮かべる。
「どうした?」
「あの・・、ありがとうございました。」
「何の事だ?」
「浦野商事の事です。」
ああ、あれか。と思い出す顔になる。
「おかげで更新も無事に終わりました。」
「よかったな。」
優しく笑顔をつくられ、またドキッとする。苑田さんの笑顔は、いつも心臓で反応してしまう。

「それで、よかったらお礼に食事・・・」
「大した事はしていない。気にするな。」
「でも、本当に助かったんです、俺。主任に後で教えてもらって・・」
「だから、あれ(新規参入)は偶然だ。俺だっていつもタイミング良く情報が手に入る訳じゃない。」
じゃあな、と行こうとするのへ、
「苑田さん、焼き鳥、嫌いですか?」
引き止める。
「やきとり?」
「あ、嫌だったら焼き肉でも・・・」
くくっ、と笑われた。
「そんな顔して頼む事か?・・・分かったよ、付き合ってやる。鳥でも何でも食えるから。それで、いつだ?」
「今日は、大丈夫ですか?」
「ん、と・・、ああ、空いてる。」
「じゃあ、二〇時過ぎに社員通用口で待ち合わせてそれから、」
「二〇時、社員通用口だな」
復唱され、頷くと、OKと言って階段を降りて行った。



「ここです。」
「ほう、この店か。」
「知ってるんですか?」
がっかりする俺に、
「前を通ったことはある。入るのは初めてだ。」
答えて先に縄のれんをくぐる。

「いらっしゃい!」
「ぃらっしゃい~! あ、新井さん」
「こんちは。空いてますか?今日は二人なんだけど。」
「ああ。奥の方なら」
「ありがと。」

「常連なのか?」
さっきの会話で、苑田さんがそう聞いてくる。
「いえ、まだそこまでは。名前は覚えてもらったんですけど。」
奥に進みながら言う。
カウンターと、向かい合って座るテーブル席が五つほどの小さい店だけど、美味しいからいつでも賑やかだ。
席があったのは、カウンターだった。
「どうぞ」
「あ・ありがと、おやじさん。」
取り皿とおしぼりを出してくれたのは店の主人だ。

「ここんとこ見なかったと思ったら、今日はまたいい男と二人連れで。どうしたんだい?」
「うん、この人は苑田さん。会社の先輩で、俺、すっごく助けてもらったんだ。」
へえ、いい先輩じゃないか。と続いたのに苑田さんは、
「そんな大げさなもんじゃないですよ。おだて過ぎ。」
軽く俺を小突いて、親父さんに頭を下げる。
「少々早とちりするけど頑張ってるんで、新井のことこれからも宜しくお願いします。」
「はは、こっちこそ。苑田さんもいい人じゃないですか。まあ、ゆっくりしてってください。」
おやじさん、一遍で苑田さんを気に入ってくれたらしい。まだ話をしたそうだったけど、向こうから‘おやじさん、ちょっと’と声がかかり俺たちにニカッと笑ってから呼ばれた方へ移動した。

「今日は何にします?」
代わりに聞いたのは、若い男性。おやじさん・と雰囲気が似ていて多分親子なんだろう。
「うん、まずおススメから。その後また注文するし。それとビール。」
「分かりました。」

すぐ取り皿に乗せられた四・五本を、ビール片手に口に運ぶ。
「・・・うん、旨い。」
「よかった、気に入ってもらえて。ほんとはここに来るのちょっと不安だったんです。苑田さんの好みじゃなかったらどうしようって。」
自分の行きつけを誉めてもらって嬉しくなる。すぐ無くなった串のおかわりをもらい、本腰を入れて食べ出した時、

「そこは俺の席だぞ!」

店に罵声が響いた。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家ー2

 {罵声のヌシは、焼き鳥屋さんの・・・・です。


店内の人間が驚いて声の主を見る。
ずかずかと入って来た男は、カウンターの一番まで来ると立ちはだかる。驚いて振り返った俺の胸倉を掴んで、
「ここは俺の席だ!誰に断って座りやがった!」
酒臭い息と唾まで飛ばしながら喰ってかかって来た。どう見てもいちゃもんに近かったから俺も怒鳴り返そうとして息を吸いこんだ時。

「それは済みませんでした。」

いち早く苑田さんが反応した。すっと立ち上がり、頭をさげる。
「今日は二人だったのでつい、空いていたここに。こちらはもう終わりましたからどうぞ。」
気を抜かれた男が手の力を緩め、気付いた苑田さんが俺の腕を引いて立たせるともう一度、
「済みませんでした。」
頭を下げ、酔っぱらい男との間に入るようにして二つの席を空ける。
「お・おう・・。分かりゃいいんだ。」
いくぶん低くなった声で言って、そいつは椅子にどさっと腰を落とすと焼き鳥の乗った取り皿をかきよせ口に入れた。

あ、と気色ばむ俺を背中で押さえながら、
「では、失礼します。」
向きを変え、俺を押し出すように出入り口へ向かう。

「おやじさん、お代。」
キャッシャーの前で苑田さんが声をかけると、
「新井さん、そのださん、すいません迷惑かけて。」
レジに立ったのは息子さんらしい人だ。小声で、
「今日のお代はいりませんから。」
と出された札を押し返し、焼き鳥の串を何本も入れた袋を出してくる。
「いや、こっちこそ美味しかったよ。それにあれは俺たちが頼んだ分だ。」
「あいつの分、お客さんに払わせる訳には・・・」
「おい!もうないぞ!」
ひそひそと早口で交わされる会話に、男の声が割り込む。ダン、とジョッキをカウンターに叩きつける効果音つきだ。
「早く行った方がいい。ああいうのは無視すると大変だよ。」
苑田さんが促し、せっかくだからと袋だけは受け取って、
「ごちそうさま。」
大きめの声は、あの男にも聞こえるようにだろう。睨みつける俺の腕を掴んで引っ張りながら外へ出た。

角を曲がり、通りへ出て、ふう、と息を吐く苑田さんだったけど、
「どうして逃げるんですか?!悪いのはあいつなのに!」
俺は怒りが収まらない。
「相手は酔っぱらいだ。」
「叩きだして、警察に付きだせばよかったんです!」
剣幕に、通りがかる人が驚いてそそくさと通り過ぎていく。
「ケンカになったら、店にも、来ていた人達にも迷惑だろう?」
「でも」
「顔をちゃんと見たか?店の親父さんに似ていたぞ」
「でも!俺は悔しいんです!」
せっかく、初めて苑田さんを連れて行ったのに。苑田さんも、店の親父さんも気に入ってくれたのに。
少しトーンが下がった声で言ったら、苑田さんは目を丸くして聞いていたけど、
「おまえ、若いなあ」
そういってカラカラ笑う。
「苑田さんは、悔しくないんですか?」
「・・・昔はな。」
フッと寂しげに答えて、すぐ、
「悔しいのはああいうところで晴らすのが一番だ。行くぞ。」
気持ちを切り替えるように、ゲーセンを指さした。



「さーて着いた。入れよ。」
「・・すみません。お邪魔します。」

あれから、付き合ってくれた苑田さんと一緒にシューティングゲーム、太鼓叩き、カラオケまで行って発散した。くたびれてやっと気がすんだあげく腹が減ってラーメンを食べ、終電を逃がし、俺の部屋より近い苑田さんのマンションへ転がり込む事になってしまった。





次回は、苑田の部屋から、です。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家ー3

「やれやれ、汗だくだ。」
「すいません、俺のせいで。」
「いいから、先にシャワー浴びてこい。・・・・っと、その前に。」
こっち来い、と苑田さんに手招きされたのは全身が映る大きな鏡の前。
「あの・・」
「動くなよ」
「はあ」
背中越しの苑田さんが別の部屋入り、戻ってくる。何やら肩に当てる気配の後、
「まあ何とかなるだろう。」
そう言って差し出されたのは真新しい着替え一式。
「苑田さん、これ・・・」
「俺の趣味だからおまえの感覚とは違うし、サイズも会わないと思うけど、一日くらいいいだろ?」
「一日って・・」
全然嫌じゃないけど、
「いいから。風呂はその先、右手のドアだ。」
押し切られ、着替えを持たされる。

{ここから少し(しばらく?)苑田目線です。


~~「ありがとうございました。」
そう言って出てきた新井は、思っていた以上に服が体に合っていた(同じサイズでもメーカーによって多少差がありますから)。
「何とかなってる。おかしくないな。」
すこしほっとして自分の着替えを持つ。
「俺も入ってくる。飲みたいならビール出してあるから」

髪を乾かし、部屋に戻ると新井が本棚の前にいる。どうやら本の題名(タイトル)を読んでいるらしい
「あ・・、ドラッガ―がある。・・・「最後の授業」?・・・うわ、洋書。えー、宗教史? なに、それ?・・・天文書。星座の本だ。あれ・・・、こんなとこに「レッドクリフ」のDVD見っけ。」

「こら」

「わっ!」

慌てて振り向く顔へ、冷えたビールを押し当てる。
「冷たっ・・」
「クローゼットを覗くよりはいいが、新井の好きなコミックは無いぞ。」
「あ・いえ・・、その」
「まあいい。」
何とも言えない表情に笑いがこぼれる。

テーブルにつき缶ビールを開け、コン、とあわせて喉に流し込む。
「今日はお疲れさん。」
「い・いえ、却って迷惑かけて・・、済みませんでした。」
恐縮する新井に、
「そうだな・・。もうあの店にも行けなくなった。ここにあるのが最後か。」
と一本つまむと、
「あ・・謝って、きます。苑田さんに迷惑かからないようにしますから、そんなこと言わずにまた一緒に行ってください!」
必死になって言い返してくる。その様子に、
「くくっ・・。冗談だ。次からメニュー制覇を目指そうな。」
すぐ撤回した。 新井の顔がぱっと明るくなる。
「よかったあ。俺、まだ行きつけの店って少ないんです。あそこ、気取らず行けるんで重宝してて。次も苑田さんと行けるの、楽しみです。」
一気に言うと、照れ隠しか、ビールを呷(あお)る。
逸らした喉の白さがやけに目に付いた。
(きっと痕がついたら目立つだろうな・・・・)
キスマークを想像し、なに馬鹿な事を、と打ち消す。

「苑田さん・・。苑田さんって、あんなにいっぱい本読んでるんですね。」
酔って、少し目が潤んでいる新井にドキッとして、返事がぎごちなくなる。
「あ・・、まあ、な。」
「何回も読んだ本、ありますよねー?」

ちょっと驚く。

「何でそう思う?」
「あー・・、その、目の高さにある本はよく読むものだ、って聞いた事あるんで」
「誰に?」
「おふくろです。苑田さんみたく本が好きで、・・・でも目茶苦茶なんです。」
思い出し笑いまでするから、聞きたくなった。
「例えばどんな?」
「恋愛物が多いですけど・・。古典っていうんですか、源氏物語とかあって。なんとかクイーンとか。ほかにSFやら幽霊が出てくるのやら魔法モノやら。」
「へええ。」
想像して笑う俺に口を尖らせて、
「そんなのが廊下にカバーもかけずにズラッと並んでたら、恥ずかしくって友達呼べないじゃないですか。おまけに、一人暮らし始めたら俺の部屋まで侵略してきて。」
帰るたんび本が増えてるんです、と不満をもらす。
「面白いお母さんだな一度会ってみたい。」
「苑田さん来たら、おふくろきっと喜びます。俺、一人っ子だから。」
「一人?上も下もいそうな感じだけど。」
「ああ、それは・・、親戚の子がいっぱいいてよく行ったり来たりしてるからだと思います。
どうかしましたか?」
「いや、話しやすいから、きょうだいいるのかと思っただけだ。」

そうか。新井は一人っ子か。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家ー4

「そうだ。・・・苑田さん、山って好きですか?」
「山?」
いきなり話題が変わる。酒飲みの話は大体こんなものだが、
「山っていいんですよー。空気も違うし、頂上着くと、達成感あって」
一緒に行きませんか~、行きましょーよ。と子供のおねだりよろしく続ける新井を微笑ましく見ながら思う。
(山、か。俺には縁の無い場所だ)
「そんな事を言うけど面白いのか?」
「はい、面白いです。・・途中、苦しかったり辛かった、り、・・っく、しますけど。・・特にな・かまなんかと・・、行くと、さいこ(最高)・・・で・・っす。」
しゃっくりしながら力を込めて言う。
「俺は・・、小学校の遠足で行ったくらいだ。」
「じゃ!今度行きましょ・・・・」
俺、案内しますから・・、と喋る続きがだんだん小さくなる。
「新井?」
ゆっくりテーブルに前のめりになり、見れば瞼も閉じて、寝落ちしていた。

「・・・・・。焼き鳥屋から数えてビール四本、か。まだまだだな。」

気持ち良さそうに寝息を立てているのを見て、自分の部屋へ帰らせる事は諦めた。幸いスーツは汚れていないし、Yシャツも洗っておけば乾くだろう。とにかくベッドまで移動させようと肩を入れ、声をかける。
「ほら。寝るならトイレくらい済ませてからにしろ。」
「ふぁ・・あい、  そのらさ・・・」
夢うつつになっている新井を何とかトイレまで連れて行き、用を済まさせる。
「・・っとに、酒も鍛えないと営業は、困るんだぞ。」
「・・・・い、・・すいませ・・」
「・・・っわ」
寝ぼけたまま謝ろうとした新井が頭を下げた拍子に支えていたバランスが崩れ、ベッドに縺れるように倒れ込んでしまう。

「あらい。どいてくれ。・・・・・重い。」
年下の男の全体重がかかって、身動きできない。これが床ならこぶか痣だ。ベッドでよかったと思いながらも呼吸が少々苦しい。

「んーー・・・」
「新井、たのむ。」
ポンポン、と背中を叩くと、ようやく意識がクリアになってきたらしく、もぞもぞ動きだす。
「あ・れ・・?そのだ、さん。なんでそんなとこに、いるんですか・・・?」
「おまえに押し倒されたんだ。重いからどいてくれ。」
「ぁい。ちょっ・・ろ、・・・って・・・」
酔っていて、頭も口も正常に回っていない新井が動いてくれるのを待つ。
不意に、目を大きく見開いた。

「なんだ?」
覗きこまれて問いかけると、
「そのださんて・・・、きれいですね・・・」
そんな、返事に困る事を言ってくる。
「目も・・、口も色っぽくて・・・」
「新井?なに・・・・!」
抵抗する間もなく唇が塞がれる。次(つ)いで抱きしめられそうになるのを両手で新井の体を押し上げるようにして、やっと阻止した。

「・・・・・。気がすんだか?」
ただ重ねるだけの口付けは不快ではなかった。
新井は色事に関してはほとんど経験が無いようで、息苦しくなったのかすぐ唇を離す。そして、
「その・・・さん、くちびる、やーらかい・・・」
うっとり言われ、恥ずかしくなる。
「よかったな。だけどおまえは重い。どいてくれないと息が出来なくなる。」
「へ?・・・あ」
やっと状況を理解してくれたらしい。のそのそと体を動かして離れてくれた。
深呼吸しながら横になったままでいると、
「そのださ・・・」
隣で寝転がり、今度は俺の背中に抱きついてくる。その、子供っぽい仕草になぜか、ぞく、とした。

「放せ。まだ片付けが残ってるんだ。」
情動を抑えて言う。
「・・・・い・・」
一文字だけ聞こえ、後は意味不明な音がむにゃむにゃと続く。仕方なくかぶさっている腕をどけ、起き上がった。
ふう、と息をつく。
片付けを終え、寝室に戻る。 新井はとっくに夢の中だ。
「幸せそうな顔して」

既視感(デジャヴ)があった。 昔、こんな風に笑っている寝顔を見た記憶が・・・・・。

(隆裕)

思い出した途端、胸が苦しくなる。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋さんと二人の実家ー5

 苑田のお兄さんの話が出てきます。




 年子の兄は、家庭教師のバイトで桐生 修(きりゅう おさむ)という男性と知り合い・・、恋に落ちた。
最初は、信じられなかった。 まさか、同性相手に恋愛感情を持つなんて。
しかも相手には家庭があったのだ。

気付いた時、初めて隆裕と激しい言い争いをした。

「・・・・分かってる。わかってるんだ、のり(兄・隆裕は弟・範裕をこう呼んでいた)。」
「分かってるんならどうして?相手は男じゃないか、たか!(弟は兄をこんな風に呼んでいました)・・・やめろよ、そんなの。遊ばれてるんだ。」
「違う!好きになったのは・・、俺のほうなんだ。
何度も間違いだって思った。離れようとした。でも、・・・だめだった。あの人が欲しい。他に、何も要らない。」
「俺や、家族もか?そして知られて、うしろ指指されてもか!?」

そこまで言った時、さすがに目を逸らした。けれど、俺をまっすぐに見て震える声で、
「・・そうだ・・・・」

「にいさん・・・」

どちらかと言えば物静かな兄の、初めてみせた激情だった。
程なく、隆裕は、家を出た。
そして。。桐生と同乗していた車で事故に遭い、二人とも死亡する。


俺以上に両親はショックを受けた。
息子が、道ならぬ恋をしたことも、何も言わず逝ってしまったことにも。
知らされたのは、事故死の連絡があり、駈けつけた霊安室で桐生の家族から彼の日記を投げつけるようにして見せられた、時だった。
「申し訳ありませんでした・・・・!」

その後も相手の家の玄関先で土下座までし、何度も謝っていた。
そして母は、息子の四十九日が済んだすぐあと心労で亡くなり、父まで倒れ入院した。

あとは壊れるだけの家族を支えてくれたのは、母の従姉だった伯母だ。
「死んだらみんな仏様、よ。楽しかったことだけ思い出してあげなさい。それが一番の供養なんだから。」
と、俺と父さんの背中を叩くように励ましてくれ、家に住み込んでくれたんだ。

「私は、静代さん(苑田母です)みたいに出来ないけど。」
いいながら、俺たちに手伝わせ、家事も、小さな庭の手入れもしてくれた。きっとあの時間が無かったら、今でも下ばかり向いて人の視線に怯えながら生きていただろう。



「ぅ・・ん・・・・」
新井が寝返りを打って、ハッと現実の時間に戻る。
「明日も仕事だ・・。」
自分に言って、シャワーを浴び、新井を起こさないようにベッドへ入る。
(今度実家に戻ったら、予備の寝具を持ってこよう)
眠りに落ちながら思った。~~


(日が変わり、新井くんの視点に戻ります)


翌日。
「・・・・何で、苑田さんが・・・?」
って言うか、俺はどうして苑田さんと一緒のベッドで寝てるんだ?
さっき夢うつつで、体の前にあった温かいものが心地よくてぎゅっと抱きしめていたら、

「・・・新井、抱き枕にしてもいいが、もう少し力を抜いてくれないか?」

苑田さんの声が聞こえて仰天した。
「あっ、はっ、はいッ!」
急に目が見え始めた、気がしてウロウロ見回せば、ここ・は・・・、間違いなく苑田さんの部屋で、一緒に、ベッドに寝ていた。俺は、いったい?

思い出せ・・、おもいだせ・・・。思い出・・・・した。
焼き鳥屋のあと、苑田さんのところに来たんだった!

「す・・すいませんっ。俺、また迷惑かけて・・・・」
「そうでもない。昨夜は大人しかったし、俺も寝ていて蹴飛ばされなかったしな。」
うーんと大きな伸びをしながら答える苑田さん。寝ぐせのついた髪のせいでいつもより若く見えて、
「そんなこと、思っちゃ悪いだろ」
と自分に突っ込んだ。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家ー6

 少―しだけ苑田の視点が入ります。~~から~~の間ですね




苑田さんはというと。
「どうした?朝から変な顔して。ああ、Yシャツ洗って乾かしてあるから先に支度しろ。」
俺を促す。


~~目覚めて話をすれば、当たり前だが隆裕とは全く違う性格。
ホッとしながらも、新井が自分の心に居場所を作ってしまった事に気付き、温かくなる気持と小さな怯えを感じていた。~~


洗面所を先に借り支度していると、ガラスの小瓶が目に止まる。
「苑田さーん、これ、何ですか?」
持っていくと朝食の用意をしていた苑田さんがこっちを向いて、
「ああ、それは髪油(ヘアオイル)だ。前に話した事あっただろ?」
「へえ、これが?」
そう言えば、エレベータの中で聞いたような。
「俺もつけてみていいですか?」
「ああ。」
蓋を開け、匂いを嗅いでみるとかすかに杏の匂いがして、
(苑田さんと同じ匂いだ)
髪に擦りつけながらくすぐったい気分になる。



 今朝の通勤ラッシュは嫌じゃなかった。
二人分の髪油のせいか、苑田さんと密着していたせいか、俺たちの周りだけいい匂いがしていたからだ。
「じゃ、仕事頑張れよ。」
「はい。苑田さんも。」
と別れても、前回より置いてけぼりの気持ちにならなかったのもそうだろう。ただ、すぐにメールが入り、
::一応新井の家に連絡しておいた。後で自分で電話しろ::
と書かれていたには、あちゃあ、となった。そうだ、外泊したんだ。
休憩時間に家にかけると留守電だったので、昼休み、母親の携帯にかけ直す。
― 崇?」
― あの、えーと・・、昨夜はごめん。」
― まったくもう。いきなり夜中近くに電話かけてこないでちょうだい。心配したでしょう?しかも先輩って人にか  けさせて。」
― あ、苑田さん、なんて言ってた?」
― 『私のせいで終電乗りそこなってしまったので、息子さん、一晩お借りします。』ですって。あなたと違って礼  儀正しい人ね。お礼も言いたいし、今度家に連れていらっしゃい。いいわね?」
― 分かったよ。」

電話を切ってから、
「あれ?外泊自体は何も言わなかったな、おふくろ。」
自問する。それは信用されてるのか? まあ、いいや。それより、
「苑田さんを家に連れてこい?なんでそうなる?」
そっちの方が疑問だ。
でも、ありがたく頂戴しよう。こんな事でもないと苑田さんに連絡できない。

― あ、苑田さん、新井です。今大丈夫ですか?」
― 俺も食事中。どうした?」
― あの、おふくろが、お礼したいって言って」
向こうでくすくす笑う声がする。
― そんな大げさな事してないのに」
― 『連れてらっしゃい。いいわね』って念押しされて・・。」

― ・・・・・・おまえの家、か。」

ぽつりと言われ、押しつけがましかったかと焦る。
― あの、断ってくれていいですから。」
― いや・・、いいのか?俺なんかが行って」
― もちろんです。おふくろの本棚見て、言ってやってくださいよ、俺の部屋まで使うなって。」
― くくっ。そうか、そんなこと言ってたな。」
少し間が空いて、
― じゃあ、お邪魔しようか。」
― はっ、はい!おふくろも俺も喜びます!」
今度はぷっと吹き出す声が。
― わかった。次の日曜、都合がいいか聞いておいてくれ。」
― はい。わかりました。」

何が吹き出すほど可笑しかったのか分からないけど、OKもらえて良かった。
早速おふくろにメールして、腹の虫が鳴って、急いで昼飯を食べた。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家ー7

日曜。

「あっ、苑田さん。」
うれしくて、つい手を振って呼んでしまう。
「わざわざ来なくてもよかったのに。」
改札を出てきた苑田さんは、待っていた俺を見て笑う。

今日は私服で、三色ストライプのシャツ(トリコロールカラ-・ピンストラ
イプのデザインシャツです)、スラックスで、紙袋を提げている。お洒落だ
なあ。俺なんかポロシャツにGパン。

「まあ、いらっしゃい。」
笑顔になるおふくろへ、
「初めまして。先日は電話で失礼しました。苑田です。・・・これ、少しです
が。」
挨拶して紙袋を出す苑田さん。
「あらそんな。・・・では、いただきますね。どうぞ中へ。」
おふくろは遠慮せず受け取り、中身を見て、もう一度笑う。そして、廊下にズラッと並んだ本棚に目を向けている苑田さんに気付くと、
「崇が話したんですか?」
悪戯っぽく聞いた。
「はい。・・本当に多方面なんですね。」

ハードカバーから文庫本まで、それなりに高さと厚みを揃えた本がずらりと並んでいる。
「主人は、そのうち床が抜けるぞ、って言うんですけど。」
苑田さんも本が好きそうだ、と見てとったおふくろ、にこにこ続ける。
「崇も小さい頃はよく取り出して読んでたのに、今は見向きもしないで。苑田さん、お好きでしたら後で本の話でもしませんか?」
「はい、よろこんで。」
すっかり気に入られたのは、リビングに落ち着いて、出されたケーキ皿と紅茶カップのセットを見ても分かった。家で一番高価(たか)いものだったから。

そしておふくろは本当に苑田さんを一人占めして本の話を始めてしまい、そっちのけにされた俺は面白くない。

「なんだよ、俺だって苑田さんと話したいのに。」
キッチンでぼやいていると、デニムのエプロンをつけ、大工仕事の途中の父さんが入ってくる。
「どうした?崇。今日は人が来るって駅まで行ったんじゃないのか?」
「あ・・、父さん。何か作ってたの?」
「ああ。母さんに頼まれて脚立を作っていたんだが、サンドペーパーが無くなって。」
言いながらリビングを覗く。
「・・来てるじゃないか。あの人か。」
「そう。おふくろが一人占めしてるんだ。俺だって話したい事あるのに。」
つい口を尖らせると、ははは、と笑って、入っていった。

「母さん。こっちにも話をさせてくれ。」

「あ、はじめまして。苑田です。お言葉に甘えてお邪魔しています。」
「こちらこそいつも崇がお世話になっています。」
「・・あの、もしかして木工のお仕事されていましたか?」
「分かりますか?ちょっと、脚立を作ってまして。
ああそうだ、足りないものがあって今から買いに行くんですが、苑田さんもどうですか?」
立ち上がって挨拶する苑田さんを、父さんも気に入ったようで一緒に行こうと誘っている。
「あらお父さん、私が話をしてるのに。」
「母さんは食事の支度があるんじゃないかい?」
「え?・・まあ、こんな時間。苑田さん、お昼食べていくでしょう?」
「あ、いえ、そこまでは・・・」
「いいじゃないですか。他に予定でも?」
「ありませんが・・・」
「でしたらどうぞ。こんな時にしか買わない食材があるんです。」
「食べないともったいないですよ。」
二人掛かりで説得し、とうとう、
「・・・・ごちそうになります。」
苑田さんと昼食、になった。  やった!

メニューは、母さん得意のちらし寿し。確かにいつもより豪華で旨かった。デザートは苑田さんが持って来てくれた果物だ。
食事が終わる頃には苑田さんも寛いでいて、帰る頃には、
「また来てくださいね、範裕さん。」
「今度範裕くんが来たら、一緒にやってみたい物があるんだ。楽しみにしているよ。」
というぐあいに、苑田さんは名前で呼ばれていた。

『プリズム』

『プリズム』6*焼き鳥屋と二人の実家ー8

 区切りのいいところまでにしたので、ちょっと長めです。


午後もだいぶ過ぎてから、苑田さんは家を出た。もう少し一緒に居たい俺は、見送りがてら駅まで行く事に。

「いいご両親だな。」
「そうですか?」
「ああ。久しぶりによく喋った。楽しかったよ。」
ぶらぶら歩く手にはおふくろの料理が入った手提げがある。苑田さんも一人暮らしだと聞いて、
「残したらもったいないから。」
言って、日持ちのしそうな物とかを詰めて渡していたんだ。

「でも、悔しいです。俺より先に苑田さんの名前両親に呼ばれちゃって。」
本気で言うと、
「呼んでもいいぞ。ただし、プライベートで、だけだ。」
すんなり許可が下りた。 トクン、と胸が鳴る。
「あ、じゃあ・・。のり・裕、さん。」
「ああ。」
うわあ、どきどきする。
「今日はあんまり話せなかったんで、今度また来た時に俺とも話、してください、範裕さん。」
「そうだな。」
柔らかな笑顔を見せられて気分が上昇した。駅までもっと遠ければいい、なんて思ってしまう。

「そうだ、新井、駅前に本屋あったな?」
「はい。寄るんですか?」
「うん、ちょっと。」
本屋をぐるっと一周したあと、範裕さんは何冊か持ってレジに。
二つにした袋のうちの一つを渡される。
「これ、新井のお母さんに。」
「・・・・範裕さん、おふくろの本棚、増やす気ですか?」
ははっと笑って、
「オーバーだな。読み切りの本ばかりだ。シリーズ物じゃないから大丈夫。今日のお礼だと言ってくれ。」

うーん、ちょっと複雑。それに、

「範裕さん、俺のことは名前で呼んでくれないんですか?」
せっかく苑田さんを‘範裕さん’て呼べるようになったのに。
苑田さん、驚いた顔になって、
「新井を、名前で?」
「そうです。不公平です。」
膨れた俺に、遠慮がちな小さな声で、少し赤くなりながら、
「・・・・・・崇。」
呼んでくれた。
「はい」
即返事しニカッと笑う。範裕さんは吹き出し、
「おまえの顔・・、おかしい。」
と言われたけどにまにまするのは止められなかった。


☆ ☆ ☆


~~新井の家からの帰りがけ、苑田は伯母のいる我が家へ向かっていた。生垣越しに見つけた彼女へ声をかける。
「和美さん。」
「あら、お帰りなさい、範裕さん。
なんだか楽しそうね、どうしたの?」
「後輩の家にちょっと行って来たんです。・・これ、おすそ分け。」
まあまあ、と笑いながら苑田を家に招き入れた。

「いい後輩さんね。私たちももらっていいの?」
「ええ。」
今日の出来事を話しながら苑田は思い出し笑いをする。
「父さんは?」
「今日は、町内の付き合いで出掛けているわ。」
「出掛けてる?」
あんなに世間に対して小さくなっていた、父が?

「ひっぱり出してくださる方がいてね。」
伯母も嬉しそうだ。話してくれたところによると、定年退職した近所の人が、ちょくちょく父のところへ来てくれるらしい。
ほとんど趣味の無い父を巧みに連れ出し、一緒に遊んでくるのだと言う。
「この間は初めてゲームセンターに行ってきた、って、こんな物をお土産にくれたのよ。」
出してくれたのは、UFOキャッチャ―の景品だ。
「へえ。」
そうか、父も少しは明るくなったのか。

「ところで今日は何の用があったの?」
「あ、予備の寝具が欲しくなって。」
「予備?」
「ええ。見てきていいですか?」
「もちろんよ。遠慮なんかしないで。」

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出し

和美さんと話していたキッチンを出て部屋へ向かう。
住む人が少なくなったとはいえ掃除がいきとどき、花が飾ってあったりするのを見ると、家の中が温かい気がする。

寝具は、隆裕の部屋にまとめて置かれていた。
一揃い選び、玄関に近い茶の間へ持っていき、宅配を頼む。
「でもどうしたの?来る早々布団だなんて。まさかベッドに穴でも開けた?」
「いいえ。後輩・・が、終電乗りそこなったんで俺のところへ泊めたんです。ただ、予備が無くて結局ベッドで・・」
伯母の発想に苦笑して理由(わけ)を話す。彼女は笑顔のまま、
「まああ、範裕さんも連れて歩く後輩さんが出来たのね。」
「厳密に言うとちがいますけど。」
崇、は、中島先輩の後輩だ。胸の内で呟くとなぜかチクリと痛みが走った。~~



あれから、苑田さんとよく会うようになったと思う。社内や、中島主任に教えてもらったバーで。
もっとも、連絡を入れるのはほとんど俺だ。主任から、俺の担当している会社のいくつかは苑田さんが担当していたり、開拓したものだ。と聞いてからは自分に言い訳せず連絡できるため、自分なりに気付いたことへの意見を聞いてはちょっとムダ話をする。
課が違うから一応気を使ってメール中心にしてあるけど、うれしい事に変わりはない。

「あれ?新井じゃないか」
「あ、北森。」

外回りで昼になり、食べていた店で北森と再会した。たまたま空いていた俺の前に座って注文をする。
「久しぶり。」
「そうだな。」

前に、苑田さんの‘枕営業’の話で気まずくなったけど、しこりにはなっていない。
ところが、こいつはまた苑田さんの話題を出してきた。
「そういえば部長、専務の娘と付き合ってるんだって。聞いたか?」
「ん。・・なんかそうらしい。」
進藤部長が専務のお嬢さんと交際していて、じき婚約するらしい・・。の噂は、しばらく前から公然の秘密となって職場に流れている。一課の誰かが女性と二人連れの部長を見撃したこともあり、信憑性は高い話だ。
「いいよなあ。あー俺もせめて部長に気に入られて出世コース、なんてなりたいけど二課じゃなあ。」
羨ましそうにぼやく。でも、高級文具を扱う二課の人間がギラギラしてたら、すぐ取引なくなりそうだ。

「あ、その幸せそうな部長と苑田さん、同期だったよな?」
「え?・・まあ、そう聞いたことあるけど、何で?」
いきなり出た名前にどきんと心臓が跳ねた。
「いや、同期つながりで思い出してさ。あの人、この頃雰囲気変わったんだ。」
「へ・えー・・」
「前はさァ、なんかこう‘近づくな’オーラ出してたんだけど、最近それが無くって話しかけやすいんだ。それに言ってた事あったろ?あの人すげえ記憶力よくってさ、こないだ分かんないとこ聞きに行ったらそっこー答えてくれて、しかもドンピシャ。あれ、助かったなー。」
「・・・・そんなに凄いのか?」

俺にはそんな風に教えてくれない。

「うん。・・・覚えてるってのもそうだけど、あれ、結びつける力がスゴイんだろうなー。俺じゃ思いつくことさえ出来ないもんな。」

一人感心している北森の前で、俺は何だか苛々していた。
俺の方が苑田さんに近いのに。名前を呼び合えるのに、北森にはすぐに答えを教えてやってる。

「そうか。良かったじゃないか。」
「新井?」
急に棘とげしだした俺に面食らう北森。
「おまえ、どうかした?」
「別に。」
残り半分の食事をかっ込んでいると、
「・・・・・もしかして、おまえの周りに居ないの?苑田さんみたいな(― 知恵袋みたいな―)人。」

(うるさいな。苑田さん、って連発するな。)

「なんだそっかー、それなら早く言えばいいのに。苑田さん、以前一課にいたこともあるらしいし、聞きに来ればいいじゃないか。」
眉間にしわを寄せて聞いている俺に、北森がどこか自慢げに言う。
「苑田さん、きっとおまえにも教えてくれるぞ。」

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー2


いま、何て言った?

「教えてくれる?」
直接、聞きに行ける・・?
「そうだよ。時々、他の部署に呼ばれることだってあるみたいだし、俺たち隣同士だろ?大丈夫だって。」
えーっと、確か今日は外出なかったはずだから、社に戻ったら聞きに行けば?みたいなことを言われて決心した。
「分かった。今日は苑田さん会社だな。行ってみる。サンキュー北森。」
「お・おお。聞いてびっくりするなよ。」
マジ凄いんだから、と続けるのはほとんど耳に入らない。
機嫌が直った俺にほっとしたらしい北森は、俺より先に平らげて出ていった。
食事を終わらせ、メールを入れる。

::苑田さん、聞きたい事ができたので、後で行っていいですか?::
すこしして、返信がある。
::了解::
よし、これなら(社に)戻って直接聞きに行っても大丈夫だよな。


外回りが終わって戻ったのは一九時過ぎ。ただ行きたいから行く、のはさすがにできないから、聞きたかった事を箇条書きにしたメモを持って席を立つ。

二課は、どこかのんびりしている空気がある。高級文具を扱っているせいか、一課みたいにバタバタした感じが無い。
何となく気後れしたけど、PCに向かっている苑田さんを見つけ、近付いた。
初めて間近で見る仕事中の苑田さんは表情が引き締まり、見惚れてしまう。
「・・・・? 新井?」
そばで止まった足音に気付いたのか、顔を上げた苑田さんが俺を見て驚く。
「あの。教えて欲しい事があって・・・。苑田さん、他の課の人も教えてるって北森に聞いて、直接でもいいかと思って・・・」
あいつを言い訳にしながらそわそわする俺に苦笑した苑田さんは、
「俺で分かる事ならおしえてやる。どこだ?」
自分の仕事の手を休めて言ってくれた。

「はい。ここの・・、」
メモを見ながら聞いたけど、即答は、こない。
「・・・・なら、それをここと切り換えればどうだ?」
と、メールでのやり取りのまま、質問に質問が返ってくる。
(顔を見て、直接話せるんだから、これくらい・・・我慢、かな?)


何か見えたのか、ふと俺の後ろを見た苑田さんの肩が小さく跳ね、
「? 苑田さん?」
「もう、いいだろ?俺も仕事がある。」
いきなり会話を打ち切られた。
「え・・でも」
「こっちも途中なんだ。あとは自分で考えろ。」
体ごと向きを変えられ、態度で‘終わり’と告げられてしまった。
「・・・はい・・。ありがとう、ございました。」
そうだよな。苑田さんにだって仕事、あるもんな。
仕方なくお礼を言って自分の席に戻ろうとして、視線を感じる。見回すと自分の席へ戻る進藤部長が前を歩いていた。
今の視線、部長?



「はーーっ」
椅子に座った瞬間、脱力。
「・・・『そっこー教えてくれて、ドンピシャだった』・・か・・・・。」
北森の言葉を真似て、凹んだ。
(俺には一度もそんな風に教えてくれない・・・)
仲良くしてもらってる、と思っているのは俺だけなのかな。
メモへ追加の書き込みをしたのを読み返しながらぼんやりしていたら、メールの着信音。この音は、苑田さん。

::二十一時、料理屋・石元で待ってる::

石元、は、会社から一駅の場所にある中華料理屋だ。少し高いけど、値段以上に美味い店だと聞いたことがある。

「何で・・・?」
あんなに素っ気なかったのにご飯の誘い?   混乱した。

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー3

苑田さんに唐突な終わりかたをされ、仕事がノらない。ふと、時計を見たら、
「う・わ。こんな時間?!」
二十一時半。残っているのは俺だけだ。急いで片付けPCを閉じ・・。

「あ・・・、メール」
苑田さんが指定していたのは二十一時。三〇分以上も前だ。  迷って・・・。



「間・・間にあった――――。」
とうとう駅から走って来て、営業していた店に駆け込んだ。
「いらっさいませー。」
出迎えてくれたのは日本語がちょっとなまってる女の子。中国のコかな?韓国とかかな?
「あ・の・・、ここに・・・、苑田さん・・・、て人・・」
ハアハアしながら聞くと、
「ああ、いるね。そこいく?」
「いるの?」

とっくに帰ったと思ったのに。

「うん、行く。」
つい同じような言葉遣いで答えてしまう。
「こっちね。」
案内されたのは、個室だった。
「来たな。」
部屋に入った俺を、苑田さんは笑顔で迎えてくれた。
「あの・・、遅くなって、すみません。」
「いいさ。まあ、座れ。」
小さくなって謝る俺に何も言わず椅子を指さす。テーブルの上はきれいで、苑田さんはもう食事が終わったらしい。

「さっきは悪かったな、途中で放り出して。」
「いいえ。俺もいきなり行ったから・・・」
「それで、今から続きをしようと思うんだ。」
「は・い?」
「ムラタ文具、どうなってる?」
聞かれて必死になって思い出す。
「あそこは、確か・・」
矢継ぎ早の質問に答えていると汗が出てきた。
「うん、まあまあだな。」
やっと終わった、と、ホッとする間もなく、
「じゃあ、廣済堂。」
また質問。その後は、元や。

「よーし、それくらい頭に入っていれば大丈夫だ。ねえ、中島先輩?」
「な・中島主任?!」

「おう。やるじゃないか新井。・・・ところで、ラストオーダーかかったから、適当に頼んだぞ。」
衝立の蔭から出てきた主任は、手に春巻きの皿を持っている。
「ああ、すみません。もうそんな時間でしたか。」
「代金はおまえ持ちだから高価(たか)そうなの頼んどいた。」
「ええ?今日、財布軽いんですよ。」
どれだけ頼んだんですか?って笑いながら聞く苑田さんに、思わず尋ねてしまった。
「ラストオーダー・・て、苑田さん食事・・・」
「うん、俺たちもまだ。一緒に食べようと思ってたから。」
「腹ペコなんだ。」
空いていた椅子にどっかり座りながら、主任は皿をテーブルに乗せた。

「どんどん来るからな。ほら。」
最初に来た取り皿に春巻きを乗せ、箸と一緒に渡される。
「い・・いただきます・・。」
次々料理が運ばれてきて、ターンテーブルが一杯になる。あれもこれもと皿にとっては食べていると、
「なぁ、新井。よく取引先の部課長の趣味まで覚えたな。」
主任が、紹興酒を飲みながら振ってくる。
「・・・、ふォれは・・・っ」
熱いものを口に入れた時に聞かれ、返事が・・・。
「・・っ、それは、苑田さん、が」
「苑田が?」
「あの・・、メールで・・」
「俺はヒントを与えただけです。あとは、本人が自分で答えを探し出してました。」
飲み込んで答えかけたのを、途中で苑田さんに持っていかれる。
「ほう、そこまで出来るようになったのか。」
主任は感心してくれたけど。そんなことない。苑田さんが、俺が自分で答えを見つけられるように教えてくれたからで・・・。

「それじゃ、おまえの割り当てもう少し増やそうか?新井。」
「え??だめです!頭がパンクします!」
即答に、二人同時にハハハハ・・、と笑いだす。

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー4

閉店までの短い時間だったけど、美味しい料理をたらふく詰め込んで店を出る。

「俺はこっちだ。」
おやすみ、と帰っていく主任。俺と苑田さんは同じ方向だ。


「よくがんばって覚えたな、崇。」

歩きながらポツリ・・、と、苑・・範裕さんが、誉めてくれた。顔が、赤くなるのが分かる。
名前を呼んでくれるのは、今がプライベートだからなんだろう。
「そんなこと、無いです。俺、全然分かってなくて」
そう、範裕さんが俺に教えてくれていたのは、どういうふうに考えればいいのか、筋道立ててやればいいのか、と言う事だ。
「今日は・・、すいませんでした。北森に、範裕さんに質問したらすぐ答えもらえた、って聞いて」
押しかけた。
「範裕さんも仕事だったのに。・・迷惑だった?」
「いや、急に来られて驚いただけだ。」
けど、いきなり終わりにされた。納得いかない顔をしていたのが見えたのか、、
「・・・・あの時、マナーモードが鳴ったんだ。プライベート用の。」
「そうですか・・」
範裕さんらしくない、目を逸らしながらの言い方に変だな、とは思ったけど、訳を打ち明けられてほっとする。
「え?じゃ、範裕さん、二台も持ってるんですか?」
仕事用と間違えないのか、って聞いたら、
「あ・ああ。プライベートは、直通、みたいなものだから。」
何故か狼狽えたそぶりで答えが返ってきた。


理由は、ずい分後になって理解る。それは進藤部長の呼び出し専用だったんだ。


「じゃあな。」
「はい。今日はありがとうございました。それと、ご馳走様でした。」

駅は同じでも乗る線は違うから改札で別れる。頭を下げた俺に、
「崇のしょげた顔、初めて見たな。」
笑いを含んだ声で範裕さんが言う。
「っ、それはないでしょう?あの時はほんとにへこんだんですから。」
むくれて頬を膨らませると、クスッと笑って、ぎゅう、とハグされ・・た。

え?・・・え?

さらに耳元で、
「頑張ったご褒美。」
ちゅ、と小さな音を立ててキスされる。

「の・範裕さんっ!?」
・・・・・酔っぱらってるのか?

キスされた方の耳を押さえてまっ赤になった俺に手を振り、範裕さんは自分の乗る電車のホームへ歩いていってしまった。



電車に揺られながら、つい範裕さんの事を考えていた。
最初に会った時から、俺にはいつも笑顔を見せてくれる。でも、周りにいる主任や、北森、課のひとたちの評価や噂はまちまちだ。
いったい、どれが本当の範裕さんなんだろう・・・。



 ~~苑田はホームで歩みを止めた。 マナーモードが鳴ったのだ。
さっきまでの楽しい気分が一瞬で霧散する。

進藤からのコールに、携帯を取り出し耳に当てた。
― おまえの後輩でもないのに、新井をずい分可愛がっているみたいだな」
「・・そんなことは、ない。」
いきなり出た新井の名前を唇を噛んで聞いたあと、言葉を押し出すように答える。
くっくっく・・・、と冷笑した進藤は、
― メールを添付しておいた。」
それだけ言ってプツッと切る。
「メール・・・・?」
操作すれば、たしかに三通受信していた。初めての事に嫌な予感を覚えながら開ける。

「―――― っつ!?」
車内で、新井と会話している写真。
二人で会話し、質問に答えている時のものだ。

もうひとつは。

全身に冷水を浴びせられたような悪寒が走った。

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー5

ふざけて新井に抱きついた自分が、写っている。
近くに進藤がいたのだ。
ハッとして辺りを見回したが、あの男がいつまでもこの場にいるわけがない。
(見られていた・・・・・)

社内では、進藤の視線に気づいた時、すぐ話を打ち切って新井を遠ざけた。なのにこんな所にまで来て、しかもあの場面を撮られていたとは。
(まさか?!)
会社から追いかけてきた? 俺と新井を結びつけて?

ぶるりと体が震えた。


崇は、巻き込みたくない。



 死んだ兄に似た雰囲気の、真っ直ぐな新井。
そばにいると気が休まるのを感じていた。中島の言うとおりそう簡単には諦めない強さも持っている。進藤の道具にはさせたくなかった。
指先が震えるのをこらえ、最後のメールを開ける。
::明後日、京都に行く。::
一行の文と予定表、旅館らしき名前が記されている。行かなければならなかった。


当日の木曜。憂鬱な気持ちで乗り込んだ新幹線で、さらに気を重くする事になる。
途中から乗って来た、隣の通路側の客が苑田を見てヌタッと笑ったのだ。
脂ぎった男だ。
ジロジロあからさまに苑田を眺め、わざと足を組む。
席にいてもその男を避けなばならず、用があって席を離れる時には声をかけて前を通らねばならず、うんざりした。

鞄を取り、降りる振りをして昇降口まで行き、ホッとしていると、脂男までやって来る。
「やあ、君もここかね?偶然だ。」
粘りつくような声と上下する視線に鳥肌が立ち、
「ええ。」
とだけ答えて後は無視する。やがて後ろに人が並び、どうでも一度降りなければならなくなった。
どこへ行くのか、なんの仕事かと張りついてくる男の言葉を聞き流し、外へ出る。隣の車両へ乗ろうと足早に移動しながらふと眼をやれば、自分の座っていた席が見え。

「あ!」

身を翻し昇降口へ走り込んだ。
その動きに脂男は付いてこられない。そのまま駅に置き去りにして列車は出発する。
それにも気付かず急いで座席に戻り、
「あった・・・。」
安堵の声が出る。いつ外したのか覚えていなかったが愛用の時計が、窓際で苑田を待っていた。

(兄さん)
そっと撫でながら呼ぶ。
兄からの、最後の誕生日プレゼントになった腕時計。何度も電池を変えながら使っている物だった。
ふと気付けばあの男がいない。

「あ・・、駅で降りたんだっけ。」
振り切れたのだ、と分かり笑みがこぼれる。

それからは快適で、京都に着くまで寝ることさえ出来た。


 駅近くのビジネスホテルへチェックインし、予定表を確かめる。
軽食をとっていると電話が鳴り、進藤から時間を指定された。

ホテルで場所を聞き目的地へ行けば、郊外にある老舗旅館だ。外観は昔ながらの純日本風だが、内装はモダンで目を楽しませてくれる。

「君、苑田くん?」
フロントへ行く前に和服の男に声をかけられた。

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー6

  今日からしばらくRが続きます。18歳未満のかた、苦手な方はどうぞご遠慮ください。 大丈夫な方のみスクロールして、どうぞ。





















旅館の人間とは違うようだが、と思いながら頷くと、
「待ってたんだ、あんたが来るって言われて。案内するよ。」
「案内?」
「そ。こっち。」
言うなり歩き出す。どうやら別館があるらしい。

「あんた一人で入ったらビックリするだろうし。」
「びっくり?」
「ああ。」

確かに、驚いた。
広間のドアを開けて中に入って見たのは、着物しか着ていない男女の集団だったのだ。
「今日は、発案者の意向で和服パーティになったんだ。」
歩みを止めない彼の口調はどこか自慢げで、関わりのある様子が伝わってくる。
「どこへ行く?」
「決まってるじゃないか。あんたが行くのはあそこ。」
指差された場所に、顔が険しくなる。階段がついた、ステージが設けられていた。
「ステージで、踊れとでも?」
「近いけど、違う。あんたがするのは余興だ。とにかく上がって。もう時間になる。」
「それは俺に関係ない。」
「ある。進藤さんのご指名がね。」
進藤。
その名前にぐっと息がつまり立ち止まってしまう。
「俺は」
「早く。自分で上がる方がいいと思うけどな?」
意味ありげに顎をしゃくる。目をやると、ボディガード風の男が立っていた。
「ぐずると彼が来るよ。どうする?」
「・・・・」
言葉を飲み込み、目の前にある階段を上がった。

「これに着替えて。」
半円形にせりだしがあるステージ上で、すでに用意されていた着物一揃いがワゴンごと苑田の前に置かれる。
「ここで?」
「そう。」
衝立何もない場所で着替えろと?
無言で睨んでも、相手は、
「皆さん待ちかねてるんだ。手を焼かせるなよ。」
平然としている。
「進藤さんに言われて来てるんだろ?」
「・・・好きで来た訳じゃない。」
「あんたの理由(わけ)なぞ知るもんか。ここに来る奴は誰だって訳ありだ。あの子もね。」
あの子?と苑田が聞く前に男は指を鳴らし、その合図に苑田の左手側のカーテンがするする引き上げられていく。

「な・・・」
そこには、両手を差し上げ脚をM字に開かされ、何も隠せない裸の少女が吊るされていた。
その下には、ガラスで出来た巨大な壺があり、中には、蛇がいる。

「あの子に・・、何をさせる気だ?」
「単なる入浴。これからあの壺に入って、お湯が入れられる。ただ、蛇は熱くなったらあの子の足の間に入りたがるだろうねぇ。」
聞こえた少女は真っ青になってもがきはじめた。
悲鳴が聞こえないのは、赤い布で猿轡をされているからだ。
「あんたとあの子。どっちが先でもいいんだ。・・・どうする?」
言いながらゆっくり手を上げていく。
ウィィィ・・・、と機械音がし、少女が下がり始め。
「やめろ!」
苑田の叫びにピタリと止まる。

「着替えるんだね?」
男の言葉に無言でスーツを脱ぎ出す。客席のライトが暗くなり、苑田にスポットライトが落ちた。

「靴も。全部だよ。」
Yシャツまで脱いだところで、靴と靴下を脱ぎ捨てる。

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー7

  プリズムは、予告通りしばらくRが続きます。今日はまだソフトですが18才未満の方、苦手な方はどうかご遠慮ください。大丈夫な方のみ、スクロールしてどうぞ。



























裸足で床を踏んだ時、ふと顔を上げてみれば、少女はまだ吊るされている。
「あの子は」
「気になる?彼女だって覚悟はしてきているはずだけど。ま、あんた次第、ってとこかな?」
後は含みを持たせて黙る男へ奥歯を噛み、ベルトを抜きボトムと下着を脚から抜いて全身を晒した。

「・・・・ふうん、まあまあだね。それくらいなら着痩せしないだろ。」
不躾な品定めの視線を感じながら、
「それを着ればいいんだろう?寄こせ。」
手を伸ばす。
が、
「だめだ。これはショーなんだから。やり方があるのさ。」
すっとワゴンを引かれる。
「ちょっと待ってな。」
どういう仕組みになっているのか、男がワゴンをいじると一部が広がり、苑田の前にもっていくと脱ぎ散らされた衣類を手早くたたみだす。その手つきが鮮やかで目を奪われていると、男の手がふと止まった。
「ブラックブラウンのストレートチップ、ね。良い趣味の靴だ。ずい分大切に履いてるんだね、あんた。」
そして懐から布のようなものを取り出すと、丁寧に靴の汚れを取って片付ける。
いつの間にかもう一人の男が踏み台を持って来ていた。衣類をきちんと畳み、ワゴンの上に重ねて動かせば、すかさず男が踏み台を苑田の前に置き立ち去っていく。

「ここに足を乗せて。」

足袋を持った男の次の指示に、唇を噛んで従う。
片足づつ踏み台に乗せ、足袋を履かされる間中、無防備に股間が開いて見物客の視線が集まる。
両足に足袋を履いただけの姿に、ため息をもらす者さえいるのが聞こえ、深呼吸を繰り返し、見世物にされている屈辱の思いを逃がした。

「じゃ、着物。右手、横に上げて。」
肌襦袢、着物と着せられる。
「う・・ん、似合うね。上出来。一周して見てもらうといいよ。」
着付けし終えた男が二・三歩離れて苑田を眺めたあとそう評し、手を大きく振った。

肩のあたりは濃い藤色で下におりるに従い色が薄くなる、地紋の入った袷(あわせ。5月末くらいまで着る、裏地のある着物の事です)には、裾から菖蒲のような葉を持つ草が群生している。
襟もとと裾からのぞく八掛けには牡丹色が使われ、苑田が歩くたびにこぼれ出るのが何とも言えない色香を見せていた。
帯は生成りの白地に着物と同じ深緑色の縞が入り全体を引き締めている。

会場から、ほおっと称賛の声があがった。

「お人形さんのようですわ。きれいなこと。」
「気に入ったのでしたら味見なさいますか?佳奈子さん。」
「まぁ・・、ほほ。私の好みは良積さん、貴方だと何度も申し上げているでしょう?一日千秋の思いで待っているのに冷たいこと仰って。」

ステージの端まで行き、折り返した時すぐそばで聞こえた会話の声に耳を疑った。
足下に向けていた視線を走らせれば、すぐそばの暗がりに背中を向けた着物姿の進藤が、辟易した様子で目立つ柄の着物を着た女の相手をしている。
佳奈子、と呼ばれた女の目がこちらを向きかけたので慌てて視線を反らし、移動した。
中央に戻ると、先ほどのとは別の男がマイクを持って立っている。
苑田に近付き、腕をとると、
「それではこれよりお楽しみの時間となります!籤に当たった皆さまはどうぞこちらへ!」
張りあげた声がマイク越しに響き、会場がざわめきだした。

苑田が着く前に何か抽選があったらしい。男女が何人かステージへと上がり、椅子やソファーが並べられ、4畳半ほどの小上がり(組み立て式、30㎝ほどの高さのある、畳敷きのお座敷)まで用意される。

「今回の‘景品’は素晴らしいと聞いていたが、これほどとは思わなかったよ。」
「はい、ご参加いただきましてありがとうございます、タイラさま。私どもとしましても精一杯務めさせていただきますので、どうぞお楽しみを。」
ステージに上がって来たなかの一人がマイクを持った男にそう話しかけ、意味ありげに苑田を見る。
(俺が、景品?)
初めて呼びつけられた意味を理解し、苑田は、手を、白くなるほど力を入れて握りしめた。

『プリズム』

『プリズム』7*呼び出しー8

 


 R・・まだソフト、かな?ですが、18才未満の方、苦手な方はどうぞご遠慮ください。大丈夫な方は、スクロールしてどうぞ。
























「ご当選の皆様、ようこそこのステージへ。
そして会場の皆様、ただ今より無礼講となります!何事も今宵限り、夢の中のこととご了承くださいますよう。」
司会者の口上に笑い声が上がる。
過去にも何度も行われている会合なのだろう、場の雰囲気が熟れすぎた果実のようなものへ変わりだした。

苑田はそれより、自分の衣類の方が気になって周囲を見回す。
(あった)
ステージの端、あの少女のいる場所の反対側にポツンとワゴンが置かれている。そしてほっとしたことに、少女の下に置かれていたガラス壺はなくなり、彼女自身も、拘束されてはいたが足が床に着いていた。



「・・・っん、ぅ・・・」
不意に一人の男に顎を取られ、口移しに何かを飲まされる。
鼻に抜ける匂いと喉から胃へ焼けるような熱いものが落ちていくので強い酒を飲まされたのだと分かった。
「私の前でほかに気を取られるとはね。今日は君が来ると言うので皆がそわそわしていた事を知らないのかい?」
言いながら男は、無抵抗の苑田にさらに口移しで酒を飲ませる。
口を離され、少し噎せながら‘そんな事は知らない’とばかりに目の前の男を睨むと、
「いけないな、そんな目は。仕置きされるよ?」
と楽しげに言って目配せした。
その言葉に応えるように苑田の腕を背中から羽交い締めにする者がいる。腕をとられる痛みに眉が寄り苦痛の表情が浮かんだが、見せたくないと横を向き、声を喉へ押し込んだ。

「いいな。とてもいい。付き合わされて渋々行った東京で耳にした評判通りだ。君を引き当てられた私は運がいいということだね。」
茶金の着物に麻の葉を織りだした帯を締めた男の腕が伸びて苑田の顎を捕え、正面に向かせる。そのまま指先で頬を撫でたあとゆっくり首筋を下りていく。

ぞくり、と肌が粟立ちぎゅっと目を閉じる。

手が合わせに差し込まれ、襟元を押し広げながら胸元へ辿りつく。
「・・・・っ、ぁ」
手の平を回しながら小さな粒を愛撫され、声が出てしまう。

「その声が鳴き声に変わるのを早く聞きたいね。」
男はきれいに着付けられていた着物を乱しながら胸をはだけ、肉粒に口ひげを擦りながら舌を這わせた。

「・・んっ・・・・」
思わず上がった声に、反応してしまう自分の体への恨めしさが滲む。だが、指と口で愛撫が加えられ、フェロモンが溢れはじめる気配に、腕をとっている男がごくりと喉を鳴らした。

「あ・・・っ、やめ・・」
残りの手が裾を割って入り込み、腰を引こうとしたのを引き戻される。そして男は苑田の着物の裾を引き開け、両端を帯に挟み込んだ。
肩幅ほどに足を開いて立っている苑田の僅かな肌色が足袋の上から見えるのが何ともエロチックだ。
「・・むら様、とても良い眺めですわ。」
ギャラリーの中の一人の女が吐息とともに声をかける。 欲情が透ける声に、
「お気に召しましたか?テイさん。」
ここでの呼び名なのだろうか、変わった名前が呼びかわされる。にこりと笑った男は、次に生成りの艶やかな肌襦袢に指を入れた。

「君は我慢強いと聞いている。今日はどこまで耐えるのか見せてもらおう。」
言いながら少し膝を落として内腿に触れ、身震いする苑田へ薄く笑って、遮る物の無い雄を探り当てる。
ビク、と身を強張らせ反応すると、
「着物は汚さないように。君の年収と同じくらいかもしれないからね。」
「・・・そ・・」
「うん?」
「そんなの・・、こんな所で、使うな・・・」
「けど、似合っているよ、とても。それに、汚さないようにするのは簡単だ。君が耐えればいいんだから。」
苑田の講義をあっさり聞き流し、むら、と呼ばれた男は苑田の雄を握って楽しげに含み笑いする。
息を止めて耐える苑田の顔を覗きこみ。
「いい顔だ。君らしくて。」
まだ硬くもなっていないそれを、強弱をつけながら握って、離す事を繰り返す。















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