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『プリズム』2* もらった缶は、振った炭酸

 新井の勤める名賀都商事は主に文房具を扱っている。営業一課は一般的な物を、二課は高級文具を取引していた。

(最初はびっくりしたよな・・・)
二課のサンプルにはボールペンなのに八万円(某有名メーカー)するものまであって、実物を見せてもらった時は唖然とした。
これ、俺のアパートの家賃より高い・・・。つい見入ってしまったものだ。
入社二年目の自分に扱えるものではないけど、いつかそんな品物も売り込めるようになりたいと思った。



二課にいる苑田さんと一課の俺の初めての出会いは会社の屋上だった。

主任の中島先輩と、佐々木さんの受け持ちだった取引先に引き継ぎの挨拶回りをしている時、社名をうっかり間違えて呼んでしまい、しかもそれが正しいと思い込んでいた。
「いい加減にしないか!」
三度目にとうとう先輩に怒鳴られ、その時になって初めて言い間違いに気付き平謝り。先方は笑って許してくれたけど、そこを出てから仏頂顔の先輩と帰社するまでの時間がすごく長くて、デスクに鞄を置くなり屋上へ逃げ出す。

「俺、どうしよう・・・」
あんな失敗したもんな。最悪、馘首(クビ)、とか?
悪いことばかり考えてしまい、ベンチにがっくり座っていたら、
「下を向くな。今そこに10円だって落ちて無いぞ?」
からかうような声が聞こえ、顔を上げかけたおでこに冷たい缶が押しあてられる。
[冷たっ・・]
「泣いてないな、よしよし。取りあえず、飲め。」
見知らぬ男性が俺に炭酸飲料の缶を差し出す。何を言っていいのか分からず黙って受け取り、迷ってからプルトップを上げ・・・、
「わあっ!」

シュワ―、と泡が溢れた。こ・この人、振って寄こしたんだ!

「あっはははは・・・」
明るい声で笑われ、なぜか怒れなくなる。泡も落ち着き、ようやく飲めそうになったのを、そっと横に置いて、まず手を洗いたいと、あたりを見回す。
「ああ、手を洗うならこっちだ。」
その人は先に立って蛇口のあるところまで連れて行ってくれた。


「使うか?」
ハンカチを出してくれたけど自分のもあるし、
「持ってますから。」
断る。一瞬淋しげな顔をした、ようだったけど、
「どうだ、気は晴れたか?」
覗きこまれた時には見えなくなっていた。

(そう言えば・・・)
確かに気持ちは浮上している。けどそれも、
「取引先の名前、間違えたんだって?どこをどう間違えたんだ?」
聞かれてまた凹む。
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『プリズム』

『プリズム』 2*もらった缶は振った炭酸 -2

「さいこうどう・・・」
「え?」
「廣済堂を、『さいこうどう』って言っちゃったんです・・・。」
こうさいどう、さいこうどう、と口の中で繰り返したその人は喉の奥で笑うと吹き出した。
「そりゃあいいや。相手さんもそんな言われ方したら怒らなかっただろう?」
「わかりません・・・。同行してくれた主任には『いい加減にしろ』って怒られて」
「その中島先輩なら帰って来て爆笑してたぞ?取引先で大口開けて笑えないから苦労したって。」
「・・・・はい?」
「真面目な顔で繰り返すし、どう止めればいいか困った、ってさ。」
「話し終わったら、怖い顔で、何も言わずに戻って来ましたけど」
「笑いたいのを堪えていたんだそうだよ。それにおまえのお陰で取引上手く行ったって喜んでる。さっきの炭酸飲んだら部署に戻れ。次行くって待ってるぞ。」
「俺、馘首(クビ)になるとかじゃ・・・」
「ばかだな、それくらいでなるもんか。急げよ、もう五・六社回る気でいるぞ。」

五・六社・・?

まだ呑みこめない俺に缶を持って来てくれ、
「ほら、さっさと飲む。・・・・・よし。缶は俺が始末しとくから。」
空を取り、ポン、と肩を叩いて、
「行ってこい、新井。」
俺を屋上から追い出した。

「ようやく来たな。行くぞ。」
営業のフロア、一課に戻ると、さっきの人の言った通り中島先輩が出掛ける体勢で待っていた。
「・・・あの」
「今度は間違えるなよ?俺だってあんなに苦労したのは初めてなんだから。久しぶりに腹筋使いまくって、明日は筋肉痛だ。」
ニヤッと笑いながら言われる。
「すみません・・・」
「中島先輩、そんな言い方したら分からないでしょう?戻るなりバカ笑いした先輩の方がよっぽど変でしたよ。」
「苑田。しょうがないだろ、ほんとに大変だったんだ。」
さっきの人が主任と親しそうに話している。じっと見ている俺に気付いて、
「ああ、こいつは苑田。二課にいる。おまえが帰ってくるなり暗い顔で階段上がって行ったから、気になって行ってもらった。」
俺にその人の名前を教えてくれ、
同じ一課の誰かに行ってもらうよりいいだろうと思ってな、と続ける。機嫌が良さそうだ。
「あの、苑田さん、って言うんですか?さっきは、ありがとうございました。」
気が軽くなったのは本当だし、笑い飛ばされてホッとしたのも本当だから礼を言って頭を下げる。
「いや、俺も出掛ける前に気分転換したかったから丁度よかったんだ。」
「苑田・・、おまえまたあいつに付き合うのか?」
苑田さんの言葉を主任が聞き咎める。
「ええ、まあ・・・」
目を反らして答える苑田さん。
「けどな」
「苑田。油うってるな。手が空いてるんだろ。」
言いかけた主任の声に、進藤部長の威圧的な声が被せられる。主任と同じ、外出の支度をしていた。
「じゃあ。」
「苑田。」
呼びかけた先輩を振り切るように、苑田さんは出ていった部長の後を追って行ってしまう。





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本文

『プリズム』 2*もらった缶は振った炭酸 -3

「全く・・。いつまで続ける気なんだ」
「しゅ・任・・・?」
苦虫を噛み潰すように呟くのが気になって思わず尋ねると、
「あ、いや、こっちの話だ。・・俺達も行くぞ。」
「はい。」
答の代わりに促され、次は失敗しないように、と気を引き締めながらついていった。


エレベータの扉が閉まりかかった時、
「おい、閉めるな。」
進藤部長の声が聞こえ、中にいた俺は条件反射のように開・延長ボタンを押す。後ろの主任が顔を顰め、小さく舌打ちしたのには気付かず、部長と、
(―― 苑田さん・・)
が乗り込んでくるのになぜか緊張した。
話題も無く、気まずいなか一階に着いてホッとする。先に降りた二人に続いて下りた俺達。足早に行こうとする背中に、
「進藤、苑田をどうするつもりだ?」
主任が苛立たしげに強い口調で声を投げた。顔だけ振り向いた部長は、
「別に何もしませんよ、先輩。
俺は声をかけるだけだ。決めるのはこいつ。・・そうだな?苑田。」
横にいる苑田さんを見る。
「・・・・ああ。」
視線を下に向けて答える苑田さんは、こんな時間に似合わない物憂げな雰囲気をしていて、俺は目が離せなくなっていた。
「そういう事です。では。」
そのまま行ってしまった部長の背中を睨んでいた主任は、一つ大きく息を吐くと石があったら蹴り飛ばしそうな勢いで歩き出し、訳が判らない俺は急いで後を追った。


挨拶回りが終わり、社に戻ったのは夜になってからだった。
「やっと終わったか。」
「お疲れさまでした。」
首を回しながら鞄を机の上に置く主任に言って、ホワイトボードを見るともなしに見る。
(部長は・・・・、外回り・直帰・・、か・・・)
苑田さんと、どこへ行ったんだろう?気にしていたら、
「新井。」
主任に呼ばれた。
「はっ、はい。」
「苑田が気になるか?」
「あ・・、いえ、その」
俺は部長の予定を見ていただけなのに。でも言い当てられてどきっとする。
「・・・・・。新井、おまえ、(酒)飲めるな?」
「は・・まぁ。」
「よし。ちょっと付き合え。」



「いらっしゃいま・・・、おや、久しぶりです、中島さん。」
「まあな。」
「今日は新人さんと一緒ですか?」
「新人じゃないが最近俺の下に来た、新井・だ。新井、こっちは子湖塚(ねこづか)。このバーのマスターだ。」
「はじめまして、新井です。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」
丁寧に頭を下げられてちょっとどぎまぎ。

主任に倣(なら)ってカウンターの止まり木に座ったけど慣れてないから落ち着かない。

ここは主任の後輩でもある子湖塚さんが経営するバー、だ。音を絞った音楽が流れ、カウンターの向こうにはマスターと、時々臨時でバーテンさんが入るらしい。

主任は常連のようでさっさと注文してグラスを傾けている。俺は、マスターの後ろの棚に隙間なく並んだ名前も知らない酒瓶の数に圧倒されて、すでに酔った気分になっていた。

雑談のビックリ箱

雑談のビックリ箱

雑談のビックリ箱

雑談のビックリ箱・その2

今日・明日は実家へ行ってきます。
車で1時間40分くらいでしょうか。途中、珍しい海岸があるんですよ。

なぎさドライブウェイ。波打ち際まで車で走る事が出来る砂浜。砂の粒が細かくて、舗装道路の様に固いんです。
天気がよければそこを走る車も多く、観光バスも通ります。

私も時間があればそこを走ろうかなーと思っています。

では、行ってきます。

『プリズム』

『プリズム』3*元気のでるおまじない

「新井さん、何か作りましょうか?」
「はい・・・。なんでも・・、多分大丈夫です・・・」
うわの空で答える俺にふわりと笑ったマスターは、手早く酒を選んで作った物を、すい、と置いてくれる。
「きれいな色ですね・・」
「ピーチツリークーラー、って言うんです。桃が入っているからフルーツ系で甘口、飲み慣れていない人とか、女性に好評で。どうぞ。」
「・・いただきます」

あ、美味しい。

「美味いだろ?」
「はい。」
「本当にいいものが飲みたくなったらここに来るといい。」
え・・、でも。道順、覚えてない・・・。
「言っとくが、ネットには載ってない。」
「・・・そんな顔をしなくても。また、連れてきてもらえばいいんですから。ねえ、中島さん?」
俺の顔を見てマスターが目元を笑わせて助け船を出してくれる。
「それはこいつ次第だな。」
「前にもそんな事を言っていましたっけ。確か、二人」
「進藤と苑田。」
「そうそう。」
挙がった名前にどきっとする。不意に苑田さんの名前を聞くの、心臓に悪い。

「どうしてる?・・まだ来るか?」
「苑田さんは、いらっしゃいますよ。」
頷いた主任は、俺の方を向いて、
「新井」
「はいっ」
「連れて来てやるから、この店、ちゃんと覚えろ。苑田はまだここに通っている。そのうち会えるぞ。」
ニヤッと笑った。
ここで、苑田さんに会える。何だか嬉しい。いつになるか分からないのに。
「ここなら進藤は来ない。遠慮するなよ。」

進藤部長?何でその名前が出るんだろう?

不思議に思っていると、主任は前を向き、
「進藤と苑田は俺の後から入社した。同期で、しばらくは仲もよかったんだがある日から急にその関係が変わって、それからずっとあんな調子だ。」
独り言のように喋る。でも、はっきり聞こえるから、俺に聞かせようとしているんじゃないだろうか。
グラスを空にしてから、主任はもう一度俺を見た。


「新井、苑田のこと、どう思った?」
「どうって・・・。はっきりと言えないけど、かっこいい・・、と思いました。それに俺の目を見て話してくれました。悪い人には見えません」
容姿だけじゃなく、雰囲気に引きつけられている自分がいる。
俺の答えに満足そうに頷いて主任は続け、
「そうか。それならあいつを信じてやれよ?そのうち噂を聞くと思うが。」
「うわさ、ですか?」
「色々とな」
「苑田さんが、悪いんですか?」
「いや。・・・悪いのは進藤だ。」

『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー2

  進藤より先に、苑田が登場です・・。





進藤部長・・が?

主任は、何か知っている口ぶりだ。ただ、それを俺が聞いていいんだろうか。手の中のカクテルへ視線を落とし迷っていると、ドアの開く音がした。

「こんばんは。マスター。」
「いらっしゃい。・・・・苑田さん」
柔らかな声が背後から聞こえる。噂の本人が来て驚く、以上に、心のどこかが緊張しはじめる。
「よう、苑田」
主任が手を上げた。

「あれ?中島先輩、来てたんですか?」
「ここで会うのは久しぶりだな。・・・おごってやろうか?」
「いいんですか?高いの、頼んじゃいますよ?」
「新井の横に座ったら考えてやる。」
「は・・?」
それまで楽しそうに会話していた苑田さんが、言われて初めて主任の向こう側にいた俺に気付く。
「一緒に来てたのか。」
ちょっと困ったような笑み。ここだからか昼間見た明るい笑顔と違って、色っぽく見えてまた、どきどきする。

「今日は合計で何社回ったんです?」
俺の横に座りながら、多分俺ではなく主任に問いかけ、
「新井、言ってみろ。」
主任は俺に振った。
「・・・覚えたのかい?」
苑田さんの顔がこちらを向き、面白そうに訊ねてくる。そりゃあ、初めて会った時は‘さいこうどう’でしたけど、あとはちゃんと覚え・・た、はず・・・。
「十一社ほど回ったな?」
主任の声に促されて、
「はい。え、と・・、さ・・廣済堂(こうさいどう)、野々内運輸、元(はじめ)や、・・タムラ文具・・・、あずま商店、それから・・」
とうとう指折り数えだした俺に、
「名刺もらってないのか?」
笑いをこらえながら苑田さんが。
「あ、そうか。」
ごそごそ取り出しカウンターに並べて続ける。
「・・・・と、浦野商事。」
全部言えてほっとしたのに、
「浦野商事?」
その社名だけ苑田さんに繰り返される。
「そうですけど・・・」

「おまえのアンテナに引っかかることでもあったか?苑田。」
主任も気になるらしく身を乗り出す。
「いえ。ちょっと聞いたことがあっただけです。ああ、悪いことではないですから安心してください。」
「ならいい。役に立つことなら、新井にも教えてやってくれ。」
「・・わかりました。」
じゃあ、遠慮なくごちそうに、と、苑田さんはマスターになにか注文する。
でてきたのは、黒っぽい、泡の立った・・・。
「それ、なんて言うお酒ですか?」
「ブラックベルベット。カクテルだよ。」
名前を言って、手に取る。
「こら苑田、ワインの泡を使ったカクテルなんか頼むな。」
「おごりですから。」
にこにこな苑田さんに渋い顔で言った主任は、
「子湖塚、注文を聞いた時に断ればいいじゃないか。」
と、前にいるマスターにも文句を言う。訳が判らない俺が
「そんなに高いんですか?」
恐る恐る聞くと、
「カクテル自体はそう高くないんだけど、材料がちょっとだけ高いんだ。」
「今回はスパークリングワインを使ったから。シャンパンよりは安いけど。」
マスターと苑田さんが教えてくれる。ワイン、と聞くだけで高そうだけど、いくらぐらいするんだろう?
「ワインと言ってもピンキリあるんだ。スパークリングだと二千円あたりから、かな?」
二・二〇〇〇円!苑田さんの飲んでるのって、そんな値段?!




『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー3

(俺の三日か四日分の昼飯だ・・・。)
そんな思いをよそに、会話が続く。
「泡の立つお酒って、気が抜けると美味しくなくなるんだよ。」
「つまり、ワイン一本買うようなもの。だから・・・、おまえ、飲めるんだよな?新井。ここで会った記念にご馳走するから手伝ってくれないか?」
無駄にするともったいないだろう?
と、まだ訳が判らない俺に、苑田さんは楽しそうに言ってくれるから、つい、
「はい。手伝います。」
返事していた。

マスターが話してくれるお酒やカクテルの話を聞きながら、主任と三人で飲む。ほかに、お客さんもいたはずなのに、覚えていない。

「・・・・・・って、中島さん」
「いい・・・・、・・・・だろ?」
主任と苑田さんの話し声が頭の上で聞こえる。あれ? 俺今どこにいるんだ・・・・?
片側の頬が冷たくて手を当てようとしたら、
「ほら、起きてますよ。」
「ばか、酔っ払いじゃ起きてたってしょうがないじゃないか。」
「俺・・起きてま・・・。ま・だ飲め・・・」
意識がはっきりしなくて、体が上手く動かせない。
「ほらな。見れば分かるだろ?こんなの電車に乗せたら、乗り越しどころか車庫まで行っちまう。おまえまだ独り身なんだし、送ってやれよ、苑田。」
「一回くらい車庫まで行って泊まるのだっていい経験だ、って言ってませんでした?中島さん。」
「・・とにかく連れて帰れ。先輩の命令だぞ。」
主任の言葉に、苑田さんは渋々と答える。
「わ・かりました。けど、新井の家、というか住所、どこなんです?」
「ちょっと待て。確か・・、おまえの部屋の通り道・・・・。ああ、あった。・・・うん、おまえの帰りがけの途中だ。ほれ、ここ。」
「・・・ああ、本当だ。・・・・ふぅん。」

ぼーっと会話を聞きながら思った。苑田さんと一緒に帰るのか。。
変だな、うきうきしてる。

「タクシー、来ましたよ。」
「あ、サンキュ、マスター。・・・新井、帰るぞ。歩けるか?」
ドアが開いて、マスターが知らせに来てくれ、俺は苑田さんに体を揺すられた。
「へぁい・・・。ごちそ・・・で・た・・」
「やれやれ、こんなに出来あがるとは思わなかった。・・・・あっ」
何とか椅子から降りた途端ぐらりと体が傾ぐのを、あわてて苑田さんが支えてくれる。
「あ・・、すいませ・・・」
近すぎる顔にビクッとしてしまった。夜になって僅かに伸びた髭が薄い影になって、男の色気・みたいなのがすごい。
俺じゃ絶対出せないな・・、と思いながらタクシーに乗った。




「ほら、着いたぞ新井。歩けるか?」
苑田さんの声にはっと我に返る。どこかから居眠りしていたらしい。タクシーのドアが開き、促されて外気の中に体を押しだした。
(・・う・・っ・・・・)
足を地面につけて二・三歩歩いた時、むかつく。
(や・・ば・・・)
「新井?顔色悪いぞ?」
車内から見上げた苑田さんに、無理に笑って、
「だいじょ・ぶで・・。ありがと・ございま・・・」
挨拶も言いきれず、急いで頭を下げてアパートの方を向いた。喉元に吐き気がこみ上げてくる。
醜態を見せたくなかった。
(こんなとこでなんて・だめだ・・・)
せめて部屋に。
ふらつく体を壁にぶつけながらやっとたどりつく。
(かぎ・・)
急いでいるのに、見つからない。

「どっちのポケットだ?」
ずるずる崩れ落ちそうな体を支え、聞いたのは。
「苑・だ・・さ・・・」
なんで?

「早くしろ。右か?ひだりか」
「あ・・・、みぎの・・ズボン・・・」
すっと手が入れられ、鍵を取り出しドアを開ける。
「ほら、靴脱げ。トイレ、どこだ?」
「・・ひだ・りの・・」

う。

ぎりぎりで間に合ってトイレで盛大に嘔吐する。苑田さんは、吐くものが無くなるまで背中をさすってくれていた。

『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー4

「すいません・・・でした・・・。」
「いいって。気にするな。」
「でも・・・」
結局、苑田さんは俺の面倒を見てまだ部屋にいる。あの後一回うがいをし、それでまた吐いた俺を見かねたのか、近くのコンビニまで行ってくれてドリンクやら何やら買ってきてくれたんだ。


「みっともないとこ、見られちゃいましたね・・」
椅子にへたり込み、恥ずかしくて顔も上げられない。そしたら、
「そんなことはない。部屋の中まで頑張ったじゃないか。」
励ますように声が返って来て、思わず苑田さんを見る。
「俺もうっかりしていた。カクテルってのはベースに強い酒を使う事もあるから、何杯も飲むと酔うのも早くなる。
おまえが楽しそうに飲んでいたから、つい勧めすぎた。」
悪かったな。と、ホッとする笑顔で、済まなさそうに言う。
なんだか、癒される・・・。

「俺も昔は無茶をしたことがあるからあんまり言えないが、酒には呑まれないように気をつけろよ。それと、パンくらいなら食べられるだろ?ゼリーもある。適当に食べたら寝るんだな。明日、ちゃんと出てこい。」
ぽんぽん、と軽く頭をたたいて、向かい合って座っていた椅子から立ち上がる。
「そのださん」
「んー?」
咄嗟に呼び止め、赤くなる。なにやってんだ、俺。
「あ・の・・、苑田さんは?」
「俺か?タクシー捕まえて帰る。」

あっ、そうか。タクシー、帰しちゃったんだ。俺のせいで。

「じゃ、じゃあ、泊まっていってくださいっ」
突然言われて、苑田さんの目が丸くなる。
「この辺、タクシーなんてほとんど通らないし、俺のせいで・・・」
「おまえのせいじゃない。中島さんにも頼まれたし、嫌なら来てない。」
ちゃんと寝るんだぞ、と背中を向けられ、焦る。
「苑・・・・」
立ち上がろうとして、ドタッッ、と派手に転んだ。椅子か、テーブルの足に引っかかったんだ。
「新井?」
「・・痛って~~・・」
「何、やってんだ。まだ酔ってるのか?」
起きるのに手を貸してくれ、しょうがないな、とクスクス笑う。

「背広掛けるものあるか?」
「は・・?」
「皺に出来ないだろう?それと、何か俺が着られるもの。」
子守りしてやるから、安心して寝るんだな。そう言って上着を脱いだ。


眠れない。

苑田さんは俺のスエットを着て、寝心地が悪いだろうソファで寝ている。
こんな風に誰かが泊まるなんてことが無かったから、布団の予備もあるはずが無く、ほんとに申し訳ないと思ったけど。
「たまにはいいさ。」
明るく笑い飛ばしてくれて。

俺の方は。
早く寝ないといけないのに苑田さんが気になって、ウトウトしては目覚め、苑田さんの寝息を意識して、の繰り返し。


翌朝は、見事にどよんとした朝になった。

「お早う・・・ございま・す・・、苑ださん・・」
もぞもぞ起きだし、すでに支度している苑田を見てあいさつすると、
「お早う。・・二日酔いの見本みたいな顔してる。まだ時間あるから、熱いシャワー浴びてこい。急げ。」
「・・・分かりました・・」
こう言われ、逆らえず浴室に向かう。

少しさっぱりして、着替えて出てくるといい匂いがしていた。
「苑田さん」
朝食の支度をしている背中に声をかける。
「勝手に冷蔵庫開けて使ったから、後でチェックしとけよ。食べたら出る・・・。」
言いながら振り返り俺を見た苑田さんの動きが、止まる。
「はい。・・・済みません、それに、朝ご飯・・・あの?」
「あ、ああ。食べたら行こう。味に文句は聞かないからな。」

自分が作るより立派な朝食を食べ(ゆっくり味わえなかったのが残念)、玄関を出たら、ため息がこぼれた。

お知らせ

お知らせ。  明日は『耳から始まる恋愛』です。

前の『お知らせ』にものせてありますが、明日は土曜日なので、智くんの、
『耳から始まる恋愛』をUPしようと思います。

こちらのお話、目にした方もいらっしゃるかと思いますが、内緒・ないしょでお願いします(汗)。
もしかして、最初からR付きかもしれませんが・・。




『耳から始まる恋愛』

『耳から始まる恋愛』#きっかけ

R18、入るかもしれません。ので、18才未満立ち入り禁止です。
大丈夫な方だけスクロールしてどうぞ。




















「今日は、男同士・・か・・。」
録音状態を確かめながら呟く。この公園のそばに立つマンションのある一角にマイクを向けるようになってもう3カ月が経っている。
集音マイクを固定してイヤホンをつけ、じっと聞き入った。

☆ ☆ ☆


「おい、智(さとる)、今日は来られるのか?。」
帰ろうとしていた俺は、通りかかった購買の前で呼びとめられ、
「悪い、今日は出かけるんだ。」
片手を立てて断る。声をかけてきたのは近くのベンチに腰をおろしている涼二だ。
「ちぇっ。まあ、いいけどさ。この頃つきあい悪くねえ?」
どきっとした。
「絡むなよ涼二。智だって予定があるんだから。な?」
彼の横にいた和泉が、涼二の首に腕を回して軽く絞めながら智に笑う。
「ごめん。」
「いいって。けど、今度は来られるんだろ?」
「え・と、それっていつだっけ?」
「んーっと、」
言いながら器用に片手でスマホを取り出す。残りはまだ涼二の首だ。
「おい、放せよ。」
その手を外そうとしているが、そのたび指でくすぐられて力が入らないようだ。
「ああ、十五日だ。涼二がやっとお酒飲める年になる、‘お祝い’。」
十五日。
「そうだった。バースデーだったっけ。了解。」
「何?日にち決めて出掛けてるの?」
「まぁそうゆうこと。じゃあな。」


そう、今日は六のつく日だ。最初はわからなくて失敗もしたけど、気付いてからは気分にも余裕が出来たし、準備も出来る。他人には言えない事だけど。

それは、他人の会話をぬすみ聞く行為。
もちろん悪いことだって分かってる。でも、つい聞いちゃったんだ、アノ時のなま声。一遍でハマって抜け出せない。だって、俺も性少年だから。おかずにして抜いたことだってある。恥ずかしいけど。それくらいすごかった。


 最初はほんとに音を拾うため。日記代わりに始めた自己制作の動画に付ける音探し。この公園で夜の音を拾おうと、何気なく集音マイクをぐるっと回した時だった。

―ーあ・・っ・・・ああっ

え?

―ーやあ・・っ、や・やめて・・・・
―ーうそつけ。もうこんなにしてるくせに。
―ーひ・・いっ。・・・いや・・そこはっ
―ー腰を動かしながら言う台詞じゃないぜ。
―ーう・くうっ・・・

「な・・・何これ」
狼狽えて思わず大声を出した。ヤバい撮影でも拾ったのかと思って慌てて口を塞いであたりを見回す。でもここは小さな公園だ。人影が無いのはすぐ分かる。
「・・・ってことは・・・・」
マイクを宙に向けてゆっくり体を回した。

―ー涎をこぼしてるのが見えるだろ?

入った。

―ー嫌っ
―ーミラールーム程じゃないが鏡はたくさんある。いい趣味だ。
―ー悪趣味だよっ

ごくりと喉が鳴った。これ、どこかの部屋の会話だ。それも真っ最中の。興奮してきて体がぶるっと震える。

『プリズム』

『プリズム』3*元気の出るおまじないー5

ここから、少しづつ苑田サイドが入ります。 ~~ の部分です。





~~目覚めて、自分の支度をしながら、悪いと思いつつ冷蔵庫を開ける。
「・・・食べ物が入ってる。使わせてもらおう。」
新井くらいの年なら、ほぼ酒などの飲料とつまみくらいと思っていたが、意外に料理もするのかもしれない。卵やウインナ、冷凍庫に会った青物野菜(カットほうれん草。枝豆もあった)を取り出し、オープンオムレツを作る。
背後に新井の気配を感じ、振り向いた一瞬、息が止まった。

(範裕・・・!)

声をかけられ、はっとする。
幸い新井には気付かれず、ほっとして、そのままやりすごした。~~

☆ ☆ ☆


「どうした?今日からは主任なしの、一人で仕事なんだろうに。」
「・・自信なくなってきて・・。昨日だって社名間違える失敗して。」
「誰だって失敗して覚えていくんだ。大丈夫さ。」
並んで歩きながら、そのため息を聞きつけた苑田さんがそう言ってくれる。
「でも、苑田さんにも迷惑かけた・・・」
「昨夜?あれくらいどうってことじゃない。・・・それじゃ、元気の出るおまじないでもしてやろうか?」
「はぁ?」
俺の顔を覗き込むように見る顔は、悪戯をしたくてわくわくしているみたいだ。
(‘おまじない’って・・。子供じゃないんだし。けど、苑田さんにしてもらえるんなら、いいかも)
そう思って、
「はい。お願いします。」
返事する。
聞いた苑田さんが立ち止り、あたりを見回すとつられて止まった俺のネクタイをぐい、と引っぱって顔を引き寄せ・・・・、唇に、キス。

いきなりで、目も閉じられず固まった俺のネクタイをもう一度引っ張り、
「元気でたか?」
してやったりの笑いを見せると、さっさと行ってしまう。
「ま・待ってくださいよ、苑田さんっ。」
一〇歩も離れたくらいでようやく正気付いた俺は慌てて追いかけた。
「い・今の、・・今の、何なんですか?!」
「だから、元気のでるおまじない。本当はあんまり路上でするもんじゃないんだが。」
笑いながら歩き続ける苑田さんに、顔が赤いぞ、と言われたが、当たり前だ。
路チューなんて。しかも朝で、苑田さん男だし。

「外国じゃ普通だろ?」
「こ・ここは日本です!」
「なんだ?闘魂か愛(LOVE)でも注入して欲しかったのか?」
「そうじゃありませんけどっ」
変な言い合いになりながら駅に近づく。通勤の人がまわりに増えてそれ以上続きが出来なくなり、後は言葉を交わすことも無く電車に揺られた。

「じゃあな。頑張れよ。」
「あ」
社に着くと、苑田さんは軽く手を振って行ってしまう。取り残された気分になったけど、
「おい新井、今の、苑田さんだよな?二課の。何で一緒に来たんだ?」
後ろから肩を掴んで聞いてきた男。同期の北森だ。
「あ、北森。お早う。」
「はよ。で、苑田さん。」
「ん・・、まぁちょっと。」
並んでタイムカードを押す。
「そのあたりで一緒になったんならいいけどさ。あの人にあんま関わるなよ?」
「え?なんで?」
北森は声を小さくし、続けた。
「あの人はヤバいんだ。」
「ヤバい・・って・・・?」
俺の声も小さくなる。
「・・・ここじゃ話せない。昼、外で食えるか?その時話すからさ。」
「うん、わかった。」

なんだろ、ヤバいって。

―(苑田を信じてやれよ。そのうち色んな事を聞くと思うが)
不意に、主任の言葉が耳の底に蘇る。

「色んな事・・・」

『プリズム』

『プリズム』4*もう一つの営業

☆ ☆ ☆


昼、北森はなぜか社外で、騒々しい食堂に俺を連れ込んだ。セルフサービスでそれぞれ好きに取って盆にのせ、席に着く。
「それで、なにがあるんだ?苑田さん」
「・・っ、早々に聞く事か?・・・まあ、いいけどさ」
箸を取る前に聞いた俺に呆れ顔の北森。お茶を飲んで、
「あの人・・、噂があるんだ・・・」
口ごもる。
「噂って・・どんな?」
黙ってしまったのをせっつこうとしたら、
「枕営業、してる・・・・らしい」
「枕?」
「そ」
変な事を言って、飯を詰め込みはじめた。

「うち、文房具売ってる会社なのに、苑田さん、枕売ってるのか?」
それって全然畑違いの商品だけど。
ぐっ、と何かを詰まらせたらしい。北森はげホげほッと咳きこみ、口を押さえながらお茶を取り水分で流し込む。
「おまえなあ。・・・ごほっ」
「ほかに何があるんだ?」
俺の言葉に哀れみの視線を向ける北森だったが、
「ま、俺も教えてもらうまで知らなかったからおまえのこと言えないんだけどさ・・・」
それから、もう一回お茶を飲んで『耳を貸せ』と手招きする。テーブル越しに体を伸ばし、北森が耳元で告げたのは、
「苑田さんって、・・・営業の人と、寝て、・・・・取引成立させてる、って・・・」

まさか。

「そんな顔して見るなよ・・。俺だって、知らなかったって言ってるだろ?」
「だ・・って、営業先って・・」
男の方が多いぞ。
「だから・・・」
言いにくそうに横を向く。想像してくれってことか?・・・・男同士で、寝る・・・・。
不意に、進藤部長といた時の苑田さんを思い出す。どこか物憂げで、目が、離せなくて。あれは・・・・?

「おまえも気をつけろよ?変なことされるかも知れないからさ。」
はっ、と意識を北森に向けなおす。
「あーあ、おまえはいいよな、一課で。俺二課だろ?苑田さんって悪い人じゃないんだけど、あんまりくっついてると俺まで同類に見られそうだし・・・」
「そんな言い方ないだろ。苑田さん、酔っぱらった俺のこと介抱してくれたんだ。」
ムッとして遮る。
「な・なんだよ?おまえ苑田さん気になってるのか?止めとけよ、あの人は。
それともまさか・・・真似する気か?」
「ばっ・・、そっちこそ馬鹿いうなよ。・・とにかく、苑田さんはいい人なんだから。」
「分かったわかった。ま、話はしやすいし、博学っていうの?よく知ってて聞けば教えてくれっけど・・・。」
いま一つ納得がいかない北森と俺は、続ける気も無くなり、ただ食事をするだけになった。

勘定を済ませ、外に出て二人でコーヒーを飲む。
「妙な話になって悪かったな。」
「いや、俺も言いすぎたかも。」
フォローし合って、じゃあ、と別れた。

(苑田さんが・・・枕・営業?そんなことしてるなんて信じられない。万が一、そうだったとしても絶対何か訳があるはずだ。)
俺は理由も無く確信していた。


あれから、挨拶回りした会社全部が俺の担当になり目が回りそうな忙しさで時間が経っていく。
苑田さんとはあれ以来会えていない。
寂しいと思っても、会って何を話せばいいのか会話の糸口さえ無いから、姿を見かけても声をかけられない。


☆ ☆ ☆


一課に来てようやく仕事に慣れてきた。仕事に一段落つき、休憩しようと自販機コーナー傍まで来た時、
「・・・・それで、会ってないのか?苑田。」
主任の声が聞こえて、’苑田’さんの名前にどきっとする。
それに続いて、
「なぜ会わなきゃいけないんです?」
苑田さんの声が聞こえてきた。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー2

角を曲った向こう、自販機がある休憩コーナーに主任と苑田さんがいるんだ。
「気に入ってるんじゃないのか?新井の事。」
「それは中島さんでしょう?」
「・・・隆裕に似てるからな。そう思わないか?」

たかひろ?誰だろう・・。

「中島さん。それは」
「いい加減自分も隆裕のことも許してやれ。・・あいつだって悲しむ。」
「・・でも俺は。気付いてたのに・・。助けるどころか、追い詰めて・・・・」
二人の会話が深刻そうで足が出ない。けど、引き返すことも出来なくて耳をそばだててしまう。

「それは、俺もだ。正直・・、驚いたよ。まさか隆裕が同性を愛していたなんてな。」

どうせい・・愛?それ・・・・って、ホモとかゲイ、の?

「まぁ、外でする話じゃない、終わりにしよう。
・・ああそれと浦野商事、何気にしてたんだ?」
「総務の部長、波枝さんのことで小耳にはさんだことがあっただけです。手に入ったら連絡しますよ。」
「担当は‘新井’だ。間違えんな?」
「先輩・・」
主任、クスクス笑ってる。
「ついでにあいつの元気少し分けてもらえ。それだけはてんこ盛りだ。」
「そ・・・ですね。」
う、こっちに来そうな気配がする。今の会話聞いてたって思われたくない。足を動かそうとして、
「わっっ」
「え?」
「苑田!」
逆に鉢合わせになり、苑田さんに体当たりしてしまった。
ダン!と派手めな音がして苑田さんが自販機にぶつかってしまう。
「・・・っつ・・」
「大丈夫か?」
「苑田さん、大丈夫ですか?!」
「あ・・ああ・・・、何とか・・。・・新井?」
肩をさすりながら、ぶつかったのが俺だと気付き、驚いている。
「新井?おまえなんでここに?」
言ってから、ああ、休憩か。という顔をする主任。時計を見て、
「うわ、会議あったんだ。先行くぞ。」
バタバタと行ってしまった。

「すみませんでした・・。苑田さん、大丈夫ですか?医者に入ったほうが・・」
「おおげさだな。大したことないって。」
気兼ねする俺に、なんでもないと腕を動かしたけど、やはり痛むんだろう、う、と小さく呻いた。
「あ、冷やした方がいいです。ココにいてくださいね?湿布もらってきますから。」
総務まで行って、湿布薬をもらい、ダッシュで戻る。

「・・・よ・かった・・・。・・・っ、帰っ・・・ちゃった、かと・・思っ・・・」
ぜいぜい息を切らす俺に、
「おま・・・」
絶句した苑田さん。ぷっと吹き出して、
「・・・あっつ・・・、痛た」
肩を押さえた。
「苑田・さん、湿布、・・貼ります、から・・、肩、出してください」
「いいよ。あとで自分でする。」
湿布だけもらうから、と手を出すのへ、
「俺のせい、ですから。それに、肩って、貼りにくいんです。俺、します。」
言い張る。
「だからな、新井。」
「肩、出してください。」
「・・・わかった。」
頑固だな、と小さく笑う。
最初に会った時の笑顔が重なって、ドキリとした。

ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めてYシャツも、薄いブルーの肌着も脱いでいく。
その仕草に色気を感じて、俺がしたかった・・、なんて思いが掠め、慌てて振り払う。

「・・ここで、いいですか?」
「ああ。」
指先で肩に触り、苑田さんに指示してもらって湿布を貼る。顔を近付けると、ふわ、と何か匂いがした。
(香水、じゃないよな・・・?なんだろう)
くん、と気付かれないようにもう一度嗅いで見る。・・・髪の毛から?

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー3

「新井?もういいか?」
「あっ・・、もうひとつ。」
用心にもう一枚、肩甲骨のあたりに貼る。苑田さんの肌は滑らかで俺より少し体温が低いのか、指が触れると、
「おまえの手、温かいんだ」
と言われた。・・そうかな? 誉められた訳じゃないけど、嬉しくなる。
「そうですか?よくわかりませんけど。・・はい、終わりました。」
「ん。ありがとな。」
肩を庇ってゆっくり服を着る苑田さんを見ていてまた、色っぽい、なんて思う。
ネクタイを締めたあと、思い出したように、
「そうだ、一応聞いておくから、おまえの携帯の番号とメアド教えろ。」
ドキッとする事を聞かれる。
「え?あの・・」
「浦野商事はおまえが担当なんだろ?」
がっかりしたけど、分かりました。と答え、赤外線交換した。
「それじゃ、仕事頑張れよ。」
「はい。」

机に戻り、この後の予定を確認する。今、デスクワークしたくない気分だったから明日の分を前倒しして外へ出ようと支度した。
「新井くん、出掛けるのか?」
「あ、小野山課長。・・はい。外回り、行ってきます。」
「仕事熱心なのはいいけど、書類は溜めこまないように。後で大変だからね?」
冗談ぽく言われたけど、確かに苦手だから首を竦めてしまう。
「・・行ってきます。」

鞄の中を見ながら歩いていたので、前をあまり注意していなかった。エレベータの音に顔を上げ、慌てて、
「待ってください、乗りますっ」
小走りになる。閉まりかけたドアを開けてくれたのは、中にいた、
「苑田さん・・・」
だ。
偶然二人だけで、何か話しかけたかったけど、話題が無い。
(えーと、えー・・と、・・あ)
「苑田さん」
「なんだ?」
「何かつけてますか?」
唐突な質問に、意味が分からない、と目で返され、
「さ・・さっき、湿布貼ってる時、何か匂いがして」
繰り返し聞くと、首を傾げ、考えて、聞き慣れない言葉が出てくる。
「・・・ヘアオイル、かな?」
「‘へあおいる’?」
「髪油、とも言うか。髪につける整髪料だ。
俺の髪、猫っ毛で、雨が降ったりすると広がるんだ。ワックスとかジェルは苦手で諦めてたんだが、ある人から教えてもらって、以来ずっとそれをつけてる。多分その匂いだろう。」
他の人には言うなよ。ちょっと恥ずかしいからな。
苑田さんが口止めした時、1階に着いてドアが開く。
「俺は来客待ち。おまえは?新井。」
「社内の在庫確認して、外回りしてきます。」
「そうか。」
行ってこい、と、肩を叩いてもらって外へ出た。



さて、そろそろか、と時間を確かめた苑田に、
「ずい分仲がいいじゃないか。」
冷やかな声をかけ、目の前に立ったのは、進藤だった。
「偶然さ。違う課の人間にどうこうする訳じゃない。」
苑田の対応は素っ気ない。
「そう願うよ。おまえの真似をされちゃたまらん。」
「あれはおまえが・・・ッ」
進藤の揶揄に言い返そうとした苑田が、顎を掴まれ言葉を継げなくなる。
「俺が、何だって?‘枕営業の苑田’。」
キッと睨みつけるのを鼻先で嗤い、
「今じゃご贔屓の客も、いるんだろ?俺のお陰だと感謝してもらいたいな。」
「進藤・・・」
苑田の体に力が入る。その時、道路でパァ―ンとクラクションが鳴った。
掴まれていた手を振り払い、外を見る苑田。
「おまえの客か。・・せいぜい頑張ってこい。」
俺のためにもな。
外の車を横目で眺め、下卑た笑いを口元に残しながら進藤は立ち去った。

雑談のビックリ箱

雑談のビックリ箱その3

Rの確認。

今更ながら、ちょっと確認を(笑)。

[ R-18 ]18歳未満の方に対し、不適切な表現が含まれる作品
1. 性に関連したもの、あるいはそれを表現しており、性器の結・接合、あるいは性行為を想起させるものを表現してあるもの
2. 暴力的なシーンや、思想、模倣的表現ではあるが危険性が高い、または刺激性の強いもの


[R-15] R-18のラインを越えてはいないが、多少過激な表現が含まれる「ちょいエロ」というニュアンスがふさわしい領域。
主としてパンチラ~パンモロ、半裸、百合などに付けられることが多い。
どの程度でR-15になるかは、作者(もしくはタグ編集者)の主観と裁量に委ねられる。


検索をかけるとこんな文章が・・。
そうか、だから以前’不正なコメントと判断されました’な―んて撥ねられた事があったんだ・・。納得。
そしてブログ内では色んな表現が花盛り。
勉強になる表現がたくさんあるのねー、と思った次第でした。

私もよく覚えておこう。


あ、そうしたら、『プリズム』 も 『耳から始まる恋愛』 も、次回はR付きですね。腐腐。

『耳から始まる恋愛』

『耳から始まる恋愛』#きっかけ ー2

R、入ります。 18才未満の方、苦手な方はご遠慮ください。 大丈夫な方だけ、スクロールしてどうぞ。























・・・・あのあと、大変だったっけ・・・。
智は苦笑した。
唾を飲んで夢中で聞き入っているうち、妙な事に気付いたのだ。

―・・・ゃ・・だ、俺ばっかり・・
―いいじゃないか、痕付けたって。仕事場で脱ぐ訳じゃないんだろ?

俺?・・ま、今どきは女の子でも言うけど、

―脱がないけ・・どっ。そこ・・目立つか・・・んんっ
―ほら、目、逸らすなよ。やらしいかっこ。体もココもピンクになってる。
―ぃや・・。そ・・っな、擦っちゃ・・、出ちゃう・・・から・・

で・・出る・・って、何が?

―くく・・。リングでも嵌めるか?そしたら・・トイレも個室だな。ん?
―そ・・んな・・。あ・・ダメ、も・・イく・・
―想像して、興奮したか?・・ひろあき。

ひろあき?・・・ってまさか、男同士?!

―あ・ああッ――・・っ


そのあとのやり取りは耳に入らなかった。
だって、俺もコーフンして前が痛かったのに、男同士の行為を聞いていたなんて大ショックだったんだ。
なのに・・、部屋へ帰って迷った挙句再生しちゃって、抜いてしまった。。

(あの時は軽ーくへこんだもんな。俺、女の子好きなのに、って。でも、世の中けっこういるんだ、ってのもわかっちゃったし。)

あれから、しばらく通い詰めてあのマンションを発見したことは、誰にも内緒だ。


☆ ☆ ☆


「・・・なあ、智。自主制作やってる?」
飲みながら涼二が聞いてくる。
「やってるよ。」
「けど、全っ然見せてくんねえじゃん、最近。おまえの面白いのに。」
「そうだよ。俺だって待ってるのに。」
「うん・・、ごめん、涼二、和泉。もうちょっとしたら出来るし、そしたらまた呼ぶから。」
「必ずだぞ。」

俺と涼二と和泉は大学で知り合った。もう一人、塾で知り合った内海との四人で大概つるんでワイワイやっている。
二人の言う’自主制作‘はほんとの趣味で他人に見せる気なんてなかったけど、みんなと俺の部屋で飲んでいる時内海が偶然俺のノートPCを起こして見つけてしまい、それから出来あがるたびに’上映会‘という名の飲み会が行われるようになってしまった。

(ま、けなされることは無いしいいんだけど。)

今回の名目は涼二の誕生日。
これで全員二十才になったから、大っぴらに酒も飲める。でもそろそろお開きにしたい。明日は十六日。秘密の楽しみの日、だ。


☆ ☆ ☆


この日はセッティングして聞きはじめたら、すぐだった。

―ここ・・?
―そう。知ってるのか?
―ううん。ただ、ラブホと違うなあって思っただけ。
―ふうん

そして衣擦れの音がした。シュッというのは多分ネクタイを抜いた音。これくらいは分かるようになっている自分。

―あっ
―誰かと来たことがあるのか?
―や・やめて
―言えよ、誰とだ?
―き・来てない・・・
―ほんとか
―ほんっ・・・と・だ、から・・・・っ、や・・・、やめ

どさりと、どうやらベッドに倒れ込んだような音がした。

―重い。どいて・・・・っつ、あ・う
―正直に言わないなら
―い・・・っ、言ってる・・・・ぅ・んんっ、・・・、ひあぁ
―今日はばかに早いじゃないか。もうこんなにしてるのか?
―それは・・・っ、

言葉が途中で途切れる。すこしして喘ぎ声がきこえた。どうやらキスをしているらしい。忙しない息の音が続く。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー4

R 入ります。18歳未満の方、苦手な方はご遠慮ください。大丈夫な方はスクロールして、どうぞ。









































苑田は、大きく深呼吸して、心に積った澱(おり)のような怒りをやり過ごす。
外を見れば車が1台止まっていた。そばまで行くと窓が開き、
「進藤の難癖は相変わらずか?」
精悍な顔が笑いかけてきた。
「香川さん・・・」
「例の、積んできた。結構あるが全部持っていくか?」
「とりあえず車を(社の)駐車場へ入れてください。時々、見回りが来ますから。」
「はは、駐禁の違反切符を取られたらかなわん。わかった。」

苑田が指定した店に、香川は五分と待たせず姿を見せる。
「済みませんでした、無理言って。」
席に着いた香川に頭を下げた苑田に、
「面白い物、見つけてくるんだな。俺も自前で買い込んだし、損はしてない。気にするな。」
パンフレットのようなものを広げながら言う。
「・・へェ、こんな柄もあるんですね。」
「知らずに頼んだのか?」
チェックを入れる苑田へ少しからかい気味の声で香川が言えば、
「全部は知りませんでした。」
答が返る。
ひと息ついて、コーヒーを飲み、気になった事を聞いた。
「まさかあなたが直々に持ってくるとは思いませんでした。・・・なにかあったんですか?」
「いや、高松に会った帰りがけだ。」
短い言葉が戻って、それきり。



香川とは、進藤と一緒に行った接待の席で出会った。もう四・五年前になる。
方の網目をくぐる事もする男で、色々なつながりを持っていた。何故か苑田を気に入り、頼み事をするとどんな事も引き受けてくれる。ただ、自分の内へは決して入り込ませない。
だから苑田も、あえて香川の詮索はしなかった。

駐車場へ戻り、番号と柄を見比べながら五つほど選んで袋に移し、礼を言おうとして。
顔を上げた所を、ぐい、と肩を押され、壁に押し付けられた。苑田はそっと体の力を抜いて近付く顔に瞳を閉ざす。

香川のキスは、いつも苑田を追い上げた。寸前までイかされることはしょっちゅうで、だが、行為には至らず、一線を越えることは無い。熱く昂ぶった体を時には解放し、時に宥めるのは、いつも香川が居なくなってからだ。
しかし今日は、違っていた。

両手首を取られ、頭上で一つに纏めて固定される。
「かがわさ・・・」
初めての行為に苑田の体が強張るのも気にかけず、さらに空いた手がスーツの中へ入れられ、シャツの上から胸元を擦りあげられる。
「・・っ、香が・・・」
抗議の声を上げる前に再び口付けされ、蹂躙するかように荒々しく口腔を犯された。
「んっ・・、う、・・・・ふ・・。・・んん・・・っ」
呼吸もままならず、抗おうとする意識まで薄れかかる。
手が、苑田の股間を握りこんだ。 びくん、と跳ねる体へ膝を押しこみ足を広げさせる香川。
「・・・っ、・・ぁ、や・・っ、んぅっ・・・」
ようやく唇が離れ、強引な愛撫に喘ぐ息遣いと、駐車場内に響くのを恐れて押し殺した嬌声が、とめようも無く溢れて落ちる。
(嫌だ・・。こんな所で、達かせないでくれ・・・)
快感に追い上げられながらも流されたくない苑田は首を横に振って香川に訴えたが、見おろす香川の目の色は変わらず、何も読み取れない。
「ぃっ・・・ひァぁぁ・・・っ」
いつの間にかスラックスのファスナーが下ろされ、園田よりは節くれだった指が下着の奥で育ちきる前の雄を引き出し、先端から糸を引く透明な滴を纏わせながら直に扱いてくる。
耐えきれなかった。
「っく・・、あ・ぁう・・――ッ」
白い体液が飛び散る前に、先端に布のこすれる感触があったが、それでどうなるものでもなく。。
香川が足を割り込ませ、苑田を支えていなければずるずるとへたり込むところだった。
「・・・・・・。」
項垂れた頭上で何か呟く声がしたけれど、苑田は自分の荒い呼吸で聞きとれない。そして、萎えた雄がこの場で出来る限りの丁寧さで拭われ、優しく服の奥へおさめられる。最後に前を閉める音が羞恥を煽り、顔が火照った。

「どうして・・・」
それしか言葉が出ない。
「・・俺にも分からん。」
そんな言い草が、と目を上げれば、本当に困惑した顔に怒りがしぼんでいく。香川が、初めてみせる表情だった。
済まんな、と謝罪され、ゆっくり首を横に振る。
「俺は・・・、少し休んでから、行きます・・・。香川さんは?」
「長居し過ぎた。帰る。」
そうですか。
苑田が疲れた笑みで見送ると、
「トランクの中身、東京の部屋へ置いていく。いつでも取りに来い。それから・・、貸し一つにしていいぞ。」
車のドアを開けながら声を返してきた。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー5

{ちょっと横道・・。 香川と友人(?)の会話です。


その日の夜。
「・・どうした香川。もう酔ったか?」
グラスを持ったまま黙りこんだ相手に、高松が声をかける。
ここは会員制の店で、香川は高松と奥のボックス席で飲んでいるところだ。普段なら何人も女たちがいるが、今日は二人きりだった。

「・・・・竿無しになって後悔する事は無いと思っていたんだが・・・・」
そう言って苦笑いする香川。
「へえ?気になる女でも出来たか?」
ついからかうと、
「啼かせたい男が出来た。」
しらっと言われ、思わず飲みかけの酒を吹きだして噎せた高松。呆れて香川が投げたおしぼりで口や手を拭いながら、
「お・・男?」
聞き返す。
「ああ。・・・けど、手を出せねぇ。」
「出さねぇ、じゃなくって?」
「ありゃあ、蘭だ。・・・・極め付きの胡蝶蘭。」
「おまえらしくもない、お上品な」
強面でおどける高松のその物言いに、フン、と鼻で笑い、
「あの花はな、地面じゃなくて木に根を張る。着生蘭(ちゃくせいラン)っていうんだ。まあ、寄生植物の一種だな。そんな花みたいなあいつに手ェだしてみろ。下手するとこっちが喰われる。」
どこから拾ってきたのか、そんな蘊蓄(うんちく)をかたむけながら言ってのける。
「そんな上物(じょうもの)か?」
「・・しかも八分咲きで、自覚の無いまま誘ってやがる。ビルに通う連中が目の色変えてるぜ。」
「ビルって、‘大島ビル’?・・・ホストか?そいつ」
「いいや。進藤の鈴が付いてる。」
「・・・・・あれか。」
高松も大島ビルは出入りできる。‘進藤’の名前を聞いて思い出した。確かに女も男も誘う、花だ。

「また厄介なモンを・・」
苦笑した。後腐れが無いならいくらでも、と言いたいところだが。
「おまえが薫織(かおる)姐さんにあそこまで義理だてしちまったもんだから。」
今日も、あの女性(ひと)の誕生日だからって墓参り行ったろう?よくやる。・・は、言わずに、高松は空になった互いのグラスに酒を注いだ。
「俺だって苑田を、あいつの乱れ方を見るまではこれっぽッちも思ってなかったさ。」
ゆるりと笑みを刻む香川。
苑田が進藤とともに初めてビルに来た日、散々に嬲られたのを見て最後に部屋へ連れ込んだ。素肌に触れた感触を、今でも思い出せる。
(俺もどうやらあいつに捕まっているらしい・・・・。)
それもいいなと声を出さずに笑い、グラスをあおった。


高松と別れ、部屋へ戻ってシャワーを浴びる。
苑田の、トランクの中から品物を選びだす時の仕草が薫織を思い出させ、墓参りの帰りともあってコトに及んでしまったのが面映ゆい。
そういえば、初めて会った時の誇り高い瞳の色も似ていた・・、とそんなことまで浮かんできた。

薫織は、高松の所属する組の組長だった。抗争で闇討ちに遭い死んだ夫の後を継いだ彼女とは、株の取引で知り合い・・、恋に落ちた。
組を捨てられない彼女の、任侠の世界へ自分が行って守ろうと準備をしていた矢先、また襲撃があり、守り切れずに死なせてしまった後悔はまだ痛いままだ。

高松は、そんな香川とつかず離れずの関係で連絡を取り合う仲。中高とクラスメイトで気心は知れていて、今夜のような酒を飲むこともある。

(いつか借りっぱなしの恩、返さないとな・・・)

バスタオルで体を拭きながら洗面台の鏡に映る顔に呟いていた。



☆ ☆ ☆


苑田さんと携帯の番号とメアドを交換した翌々日。昼休みに電話が鳴った。
(苑田さんだ)
ディスプレイの名前を見るだけで気分が浮上する。
「はい、新井です。」
::今夜、空いてるか?」
::え?」
::ある所まで出掛けるんだが、一緒に来られるかと思って。どうだ?」
::ぅ・・は・はいっ。大丈夫です」
即答すると、苑田さんは電話の向こうでちょっと笑って、
::荷物持ちだぞ」
と言ってから時間と場所を教えてくれた。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー6

「新井。」
午後から降り出した雨の中、待ち合わせの駅の改札口でキョロキョロしていたら苑田さんが手を上げ、俺を呼んだ。
「すいません・・遅くなって・・」
「息せき切って走って来なくてもいいのに。」
遅刻はしてない。時間に余裕あるから、これでも飲んで落ち着け。そう言われて出されたペットボトルに口をつける。
「・・・・その荷物、ですか?俺が持つの。何が入ってるんです?」
覗いた手提げ袋は同じ長さの細長い物がいくつか入っていた。
「ああ、傘だ。」
「傘?」
「うん。これと同じ。」
持っていた傘を持ち上げる。
普通の傘に見えたけど、飲んで空になったボトルを捨てて駅の外へ出、苑田さんが傘を開いた時、驚いた。水に濡れると、地味なグリーンの傘に模様が浮き出あがってきたんだ。
「・・うわ。俺、模様が出てくる傘なんて初めて見ました。」
「そうか?」
苑田さんらしくて、お洒落な感じがする。でも当人は気にも留めず、
「じゃあ、行こうか。今から人に会うんだけど、それまでこれ、持っててほしいんだ。新井。」
「はい。わかりました。」
思っていたよりは軽いそれを受け取って後に付いた。



夜の雨の中、苑田さんと二人、道を辿る。知らない街なのに、街、だからかこのままずっと歩いていたいと思ってしまう。そのうち小さな公園に出た。苑田さんの足が止まり、街灯のあかりで時計を見る。
「ここで待つ。」
「こんなところで、ですか?」
ファミレスとか、ビルとかを想像してたのに。
「波枝さんは、だいたいこれくらいの時間に通るんだ。」
「波枝さん・・?」
「あ・・、来た。」
俺の後ろを見る。振り返って見えたのは、犬を連れた男性。散歩の途中らしい。俺たちを見て足を止めた。

「こんばんは、波枝さん。」
苑田さんが話しかける。
「君は・・・、苑田くん?」
「はい。お久しぶりです。」
「ああ、久しぶり。・・今日は、何かな?」
ええ、これを。
苑田さんは差していた傘を傾け、’波枝‘さんに見えるようにした。街灯の光に、傘の模様が浮かび上がって見える。
「それは。」
波枝さんの目が、ひかった。
「お嬢さんと奥さんが探していた、‘水に濡れると模様が浮かび上がる傘’です。頂き物ですが、おすそ分けにと思いまして。」
俺に合図して、袋のまま渡そうとする。いいんだろうか。
「・・・・・うん。遠慮なくいただこう。」
伸ばされた手に手提げ袋を渡し、俺の仕事(?)はここで終了。
「じゃ、俺達はここで。」
挨拶した苑田さんに、
「一緒に来たのは、君の後輩?」
波枝さんが声をかける。
「いいえ。一課の新井です。中島主任のもとで勉強中です。」
見られないよう背中を叩かれ、
「は・初めまして。新井と言います。」
名乗った俺を、波枝さんはじっと見る。居心地悪かったんだけど、苑田さんの、では、失礼します。の声に、一緒に頭を下げて背中を向けた。

「苑田さん・・・・。良かったんですか?」
「何が?」
「だって、あの傘・・・」
「波枝さんが探してるって聞いて、伝手(つて)を頼ったんだ。受け取ってもらえるかどうかは半々だったけどな。」
「でも。自腹なんじゃ・・」
高価(たか)そうだ、と思っていたら、
「そんなに高価なものじゃないから、安心しろ。箱に入れたり包装してあったりするから見栄えがいいだけ。」
本当に?
疑問を浮かべる俺の顔を見た苑田さんは、
「賄賂みたいなものじゃないって。もしそうなら波枝さんだって受け取らない。それに、目的は別だ。」
にっと笑う。それから、
「急に呼びだして悪かったな。晩飯、俺が奢る。」
「い・・いいですよ。時間あったし、・・・苑田さんが呼んでくれたから」
嬉しい、は、変かと思って止める。そんな俺に、クスッと笑って、
「そんなこと言うと、立ち食いそばになるぞ?」
「あ、それでもいいです。まだ入った事ないんで。」
からかうような口調に答える。
「『入ったこと、ない』?」
「そうです。」
「なら、立ち食いデビューするか?」
「苑田さん、美味しいとこ、知ってます?」
連れてってやる。笑いながら改札をくぐった。

『プリズム』

『プリズム』4*もうひとつの営業ー7

R 入ります。ぬるくて、少ぉしですが。  18才未満、苦手な方はご遠慮ください。
大丈夫な方、スクロ-ルしてどうぞ。


























「ごちそうさまでした。旨かったです。」
「あそこは個人経営のようだったし、客の注文を聞いてから麺を茹でていたようだったから、俺も入ってみたかったんだ。」
「え?ほかは違うんですか?」
頷いた苑田さんは、チェーン店があったり、店によって作り方やトッピングも違う事をお教えてくれる。俺はただ感心して聞いていた。
「すごいですね、苑田さん。何でも知ってるんだ。」
「興味があるのを検索かけるだけだ。すごくは無い。」
「そんな事ないですよ。俺なんかすぐ忘れちゃって。」
「そうだな。降りる駅まで忘れそうだ。」
可笑しそうに言われてハッとして外を見れば駅名は俺の降りる駅だ。
「うわっ。ほんとだ!すいません、降りますっ。それじゃ」
「ああ。気をつけて帰れ。」
危ないあぶない、話に夢中になって乗り過ごすところだった。

でも、さっきの一体なんだったんだろう?
俺は苑田さんに呼ばれて重くもない荷物持ちして、波枝さん・と言う人に会っただけだ。苑田さんには目的があったみたいだけど・・。



シャワーを浴び、ベッドに寝転がりながらもう一度考えてみたけど、やっぱりわかんない。
替わりに、苑田さんを思い出した。
傘の中のあの人はしっとりした雰囲気で声まで違って聞こえたし、波枝さんに柄を見せるのに傘を傾けた時は色気さえ感じて・・・・。

じん、と。
体の奥が疼いた。

苑田さんに会うたびいろんな顔を見せられる。笑った顔とか、湿布を貼った時に触れた肌の滑らかさまで思い出し、
(・・・・・苑田さんって、枕営業してるって・・・・)
(・・・あいつのこと、信じてやれよ・・・)
北森や主任の言葉も脳裏に浮かぶ。
いつの間にか、手を下着の奥に潜り込ませていた。
「・・・っ、は・・・。・・くっ」
そんな気はなかったのに指に力が入り、夢中になって快感を追い、またたく間に絶頂が来る。
「ん・・、んぅ・・――ッッ」
足先まで跳ねて吐精し、荒い息を繰り返したあと、のろのろと起き上がりティッシュを取って吐き出したものを拭った。
「何、やってんだ、俺・・・」
まさか、苑田さんをおカズに抜く、なんて。



同じ頃、苑田のスマホに連絡が入った。
「はい、苑田。」
::やあ。さっきは、ありがとう。」
::波枝さん。・・奥様たちには喜んでいただけたようですね。」
明るい声に返事を返す。
::・・・・あれは、オーダーしてくれたのか?」
::何のことでしょう?」
::傘の、模様だ。私も探したんだよ。だが、バラの花や藤、桔梗なんて模様はなかった。妻も娘も希少品を欲しがる性質だから大喜びだったが」
::さあ?もしお嫌でしたら・・」
::嫌も何も、取りあいしているよ。」
電話の向こうで苦笑している。
::それで・・、本題は、彼か。新井くん、と言ったね。」
::ええ。これから御社の担当になります。」
::えこ贔屓はできないんだが」
::されてもらっては困ります。ただ、長い目で見てやってください。」
::あい変わらず、だな君は。私利私欲がないというか。。それが君の強みでもあるが・・・。
  わかった。私が総務にいる間は気にかけておこう。」
::お願いします。」
::ああ、それと」
::はい?」
::課長の沢口くんがもう一社入れたがっていた。」
::新規参入、ですか?」
こんな時期に?と思って聞きなおすと、
::どこかから、口に飴でも入れられたらしい。社外の人間にしっぽを振っている。」
苦々しそうに言葉にした。
::そうですか・・。情報、ありがとうございます。」
::こっちこそ。それでは。」

話し終え、しばし考えた苑田は、短縮コールで呼び出しをかけた。
「・・・、あ、中島さん?」



雑談のビックリ箱

雑談のビックリ箱その4

 降って来る・・・?!

どこかで書いたかもしれませんが、私の場合’お話’は、リアルでの出来事に触発されたり、突然降ってきたりして始まります。

苑田さんと新井くんのお話・『プリズム』も、きっかけは定期。今時の定期はクレジット機能まで付いている、などと知ったのが始まりでした。その割に、ちょっぴりしか出ませんでしたね、この話(苦笑)。

智くんの、『耳から始まる恋愛』も、社会問題にまでなった’とう聴’がヒント。


そして今だと、衣がえなんかで思いつきます。・・・たとえば。



「ただいま。」
「お帰りっ」
帰宅した俺の声を聞きつけて走って来る足音。恋人になったばかりの裕也は今高3だ。
「・・・・。」
「どうしたの?突っ立っちゃって。」
「・・驚いただけだ。その格好で待ってたのか?」
靴を脱ぎながら、落ち着け、オレ。と自分に言い聞かせる。
「そうだよ?だって、明日っから6月だし。成春(しげはる)まだ俺の夏服見たこと無かったろ?だから。」

だからって、半袖シャツはいいけど、おまえその下、何も着てないのか?

つい胸元に視線が行き、慌てて眼を逸らす。脈が早くなりつつあるのを自覚してしまう。
「どう?」
「どう・・って、似合ってるよ。シャツは、白じゃないのか?」
「うん。学年ごとに決まってて、1年は白、2年がブルー、3年がこんなピンク色。」
「そうか。」
ピンクのシャツはうっすら透けて、昨夜も俺が愛撫した場所が目に飛び込んでくる。
「な・・なんで3年がピンク、なんだ?」
「んー・・、受験とかだし、シャツくらい明るくってとこなんじゃない?」
そう言いながら裕也は俺の前に立った。


はあはあ、息切れ・・・。
こんな感じでしょうか。それと、このお話、あと先がありません。つまりこれだけしかない、ということで。
・・・こんな風に書き散らかしてはながめて、膨らませて続き書いたりしてます。

今書いている二つのお話も、読んでくださる皆さまの感想で、流れが動くかも??しれませんね・・・。
あ、時々、私のストレスの八つ当たりもされてます、彼ら。「えー、ひどい!」的な場面は、全部私のセイです。先に謝っておこうかな・・・・・。

ごめんなさい。。





『耳から始まる恋愛』

『耳から始まる恋愛』#きっかけー3

今回もR、ですので、18才未満、苦手な方はご遠慮くださいね。 大丈夫な方はスクロールしてどうぞ。





























―・・・・、いつそんなことを覚えた?

年上の男の声が低くなる。

―え・・・・?
―俺の目を盗んで、誰と、こんな事してたんだ?
―してないよっ。
―・・・・
―痛いっ・・・・、なっ、何する・・・ひっ・・・

何をしたのかすぐには解らなかった。思わず音を大きくする。途端、

―嫌あっ!  

耳に大声が入って、慌ててボリュームを落とした。

―あっ・・・ああっ・・・、や・・いや・・・、ゃめ・・・やめて、お願い・・・っ
―どこで媚(こび)を売ってたんだ?言えよ
―し・・てな・・・・、ひぃ
―そんなに言いたくない相手なのか?
―ほん・・とに、俺・は・・・あくっ・・・・、
―言わないならそれでもいいさ。帰る
―え・・・?

相手の驚愕が伝わって来るような声だ。

―待って・・・・、あっ・・ま・・・
―俺よりそいつの方がいいんだろ?呼び出して、してもらえ
―そんな・こと・・・っ、ああ・・、無・・・・、置いてかない・で
―触るな
―やだ。だって・・、俺、・・・・ああぅっ

切羽詰まった様子にこっちもどきどきして肩に力が入る。

―しつこいな。放せ
―・・・信じてよ・・。俺、ほんとに、誰にも

ばしっと叩く音。そしてまた何かが倒れる音。

―あっ・・・あぁっ・あ・・・・、あ・あ――っ

高く鳴く声が聞こえて、分かった。責められていた年下の方が叩かれて、倒れ込んで、その衝撃で達ったんだ。
興奮してこっちもあそこが痛いくらいになってる。だけど、

―俺との時より感じたんじゃないのか、そいつのこと思いだして

年上の方はまだ疑ってる。

―・・、そんな・・・・・っ
―本当にしてないなら、

何か小さい、それとも、軽い?物が落ちたような音。

―それでもう一回達ってみろ
―・・・・・・これで・・って?

年下の声が震えてる

―最大にしてだ。そうしたら信じてやってもいい。
―・・ほんと・・に?

返事はなかったが、決心したようだ。

―はあっ!・・・ああっ・・ああっ・ぁ・・・ああっ

急激に昇り詰める、声。すぐ達したらしく、二度目の甲高い声を放った。
しばらく、途切れ途切れの呼吸だけが続いた。のめり込んで聞いていたおかげで、何かのスイッチを切る音を聞き取ることが出来た。そうか、年下は、何か道具で責められていたんだ。
でも、年下って、年上に首ったけで何も目に入らない感じに聞こえたけど。俺が勝手に思ってるだけなのかな。一人であれこれ妄想してたら、

―行くな・・・。どこにも行かないでくれ。おまえは俺だけのものだ。

年上の、泣きそうな声が聞こえてきてびっくりした。まさか、あんなに苛めてたのに。年上の方が恋人が離れていきそうに思って不安だったなんて。





『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去

落ち着きのいい所までにしたので、今日は少し多めです。



 翌朝は、晴れていた。
よかった。雨だったら昨夜の苑田さんを思い出し、自分の・・・・まで思い出して一人でじたばたしそうだったから。

「おはようございます。」
「おはよう。新井、今日、浦野商事行くんだったな?」
デスクについてすぐ、主任が声をかけてきた。
「はい。あそこは今回在庫確認だけなんで午前中に行こうかと。」
「資料、見せてみろ。」
「は、はい」
ファイルしていた物を主任に渡す。
何だろ?
「・・・・もう少し先まで展開させておいた方がいいな。」
「先まで・・ですか?」
「夏の、学生が夏休みに入るあたりまでの見積もり予定も揃えて持っていけ。」
「今からですか?・・・出掛けるの、午後になりますけど・・」
「構わん。アポはどうしてる?変更になるから連絡しておけよ?」
「今日行く事は取りつけてあります。時間指定は特に無かったので連絡はしなくてもいいんじゃないかと思います。」
聞いた主任の眉が寄る。俺、どっかミスった?
「あの・・・」
「とにかく作れ。チェック入れてやる。」
「・・分かりました。」

パソコンやファイル帳から資料を引き出し見積もり書を作成していると、
「新井、おまえ午前中に浦野商事へ行くんじゃなかったのか?」
通りかかった進藤部長が声をかけてきた。
「あ、はい。そうです。」
「まだ資料作ってるのか?」
「そうなんですが・・」
「部長、俺がチェック入れて不備があったの手直しさせています。それが終わったら出すつもりです。」
中島主任が気付いて、続けて何か言おうとした部長を遮るように俺に代わって答える。
「・・そうか。ならいい。」
何となく歯切れの悪い部長だったけど、俺が浦野商事に行く事は分かったらしく、それ以上聞かずに席へ戻っていった。
(不備は不備だけど・・、変な言い方したな、主任・・・)
小さく芽生えた不信は、揃えた資料をチェックしてもらっている時低い声で説明され消える。
「浦野商事に、新規参入を仕掛けている所があるらしい。」
「ええっ?」
「ばか、大声出すな。どこの会社か知らないが、今回おまえが甘いことしてたらつつかれて取引が減るかもしれん。だから長期の見積もりも出して、足元見られないようにしとけ。」
「はい、分かりました。」

OKをもらい、清書して、これからの予定を組み直す。

浦野商事は、本来ならアポ取りには煩く注文をつける会社だ。じゃあ何故、今回に限ってあいまいな日時指定だったのか、には理由があった。


「こんにちは。名賀都商事です。」
浦野商事の総務へ行き、ドアを開けて挨拶するのとほぼ同時に、
「遅いじゃないですか。いつも午前中に来ることになっているはずでしょう?」
きつい声で文句を言ったのは課長の沢口さん。
「あの、今日は」
「こっちにも予定があるんだから。遅れちゃ困るよ。」
「すみません。」
何だか機嫌が悪そう。いきなりケンケン言われた。でも、今日は特に時間指定なかったんだよな、確か。
「それで在庫の確認は?早くしてくれないか?」
「あ、はい、今から見てきます。それと」
「それと?ほかには頼んでない。」
急に言ったせいだろう、課長の声が裏返える。
「はい。夏休みにかけてこういう物も、と思いまして、資料をお持ちしました。」
「な・・・夏休・・み?」
「はい。」
あれ?課長さん、慌ててる?
「あの、自由研究なんかで、この文房具などが・・・」
説明しかけたら、背後でドアの開く音がした。

「あ、部長。」
「ぶ、部長?!」
女性の声と、課長の焦った声に振り返る。総務部の部長、さんは、見覚えのある・・・。
「波枝部長、な、何か?」
「ああ、いや、うっかり定規を折ってしまってね。代わりをもらいに来たんだ。
ところで、君は?」
妙に驚く沢口課長と話したあと、波枝部長・は、初対面・・の顔をして俺を見る。
咄嗟に合わせて、
「・・初めまして。この間からこちらを担当させていただいている、名賀都商事の新井です。よろしくお願いします。」
頭を下げ、出していいものか迷ったけどまァいいか、と名刺も出した。
「私はここ(総務)の部長をしている、波枝だ。部屋が違うからあまり会う事もないと思うが。」
と笑いながら名刺交換してくれる。
俺の後ろで沢口課長が喉にからまったみたいな変な声を上げたのが気になったけど、初めて‘部長’の肩書きを持つ人の名刺をもらって、嬉しくて、
「ありがとうございます。部長さんから名刺をもらうのって、初めてです。」
と口にしていた。部屋の中に小さな笑いが起こる。波枝部長も、
「そうか。それはうれしい。まあ、これからも頑張ってくれ。」
頬を緩めて笑うと、定規をもらって戻っていった。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー2

波枝部長が出て行ってから沢口課長に向き直り、さっきの説明の続きをしようとすると、
「な・名賀都商事さん、今日は、もう、いいから。」
と言われる。
「あの、見積もりは?」
「ま・・、また今度ってことにして」
「では、在庫チェックをしていきます。」
「あ、ああ。」
いつもならすぐ席を立ち、文句を言いながら俺の横で立ち合うのに、今日に限って座ったままだ。
「あの」
「課長、お忙しいようでしたら私が代わりに立ちあいます。」
「ゆ・・湯島くん。・・あ・あ、まかせる。」
見ていたのか、一人の女性が言ってくれて俺も課長さんもほっとした。

「私は湯島です。よろしく。」
「新井です。お願いします。」
廊下に出て挨拶しながら歩き出す。階段を下り倉庫前まで来たら、湯島さんが、我慢できない・とばかりに笑いだした。
「あの、湯島さん?」
「あ・・、ごめんね・・。あ・んまり、おかしく・・・って・・。」
ひとしきり笑ったあと、
「さっきの課長、思い出して・・。沢口課長、いつも威張るくせに仕事しないから、好かれてないの。それにさっき新井さん部長と名刺交換、してたでしょ?課長、まだ部長から名刺もらえてないからあんな反応したの。あなたが羨ましかったのね、きっと。
しばらく、嫌な事あってもこのネタで笑えるわ。」
言ってからまた口元を押さえる。俺は背中を向けていたから見えなかったけど、あの時の沢口課長の顔、見ものだったらしい。

「でも、波枝部長は嫌いな人いないわ。ダンディだし、家族思いだし。」
倉庫でチェックしながら話が続く。
「そうなんだ・・、あ、ですか?」
「ええそう。・・・そう言えば、少し前から傘、探していたけど見つかったのかしら?」
バサッと俺の手からチェックリストが落ちた。
「あ・・すみません。」
「大丈夫?」
「はい。」
傘って、あの‘傘’だ。苑田さんが持っていっていた。
「普通の傘じゃないらしいから聞いたら、水に濡れると模様が浮き上がるんですって。お洒落な傘があるのね。もし買ったら、お店とかメーカーとか教えてもらおうと思ってるの。・・・と、これ、もう無くなりそう。」
「は、はい。明日にでも持ってきます。」
「よく使うから、お願いしますね。」
商品名にチェックを入れながら、目を合わせないようにした。俺、ポーカーフェイスって出来ない。

「では、失礼します。」
帰りがけの挨拶をしていると、誰かがドアをノックした。
「こんにちはー。浜崎文具の石清水ですー・・・。」
イケメンの、押しの強そうな男性が入って来て、俺をジロジロ無遠慮に見る。
仕事は終わったし、ムッとしたので沢口課長に頭を下げて部屋を出た。



(あの人、浦野商事の人だったんだ・・・)
仕事を続けながら苑田さんと波枝・・部長とのやり取りを思い出す。苑田さん、一体何をしに行ったんだろう?俺に判らないことがあった、とは思うけど高度過ぎてみえない。

山に登る方が分かりやすいや。
社会人になってから、行けてないなあ。・・・・・今度の休みにでも行ってみようか。もし、OKしてくれたら苑田さん誘って。


「ただ今戻りました。」
「おう。どうだった?」
社では、中島主任が‘待ってたぞ’とばかりに声をかけてくる。
「はい。どこも前回とあまり変わりません。補充品の確認に倉庫見てきます。」
鞄を机に置いてメモを取り出す。
「・・・・浦野商事は?」
「特に何も。あ、ただ」
「ただ?」
「浜崎文具の石清水って人とすれ違いました。」
「・・・。そうか。」
主任が何か納得した顔をした時、向こうでトンッ!て机を叩く音がしたのでつい見たら進藤部長と目が合った。すぐに視線は逸らされたけど。・・・・睨んでた?まさかね。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去-3

今日も多めになりました。 進藤が、動き始めます。


物品を揃えて部屋へ戻る途中、休憩コーナーにいる主任に手招きされた。
「はい、なんですか?」
「ほら、ひと息入れろ。」
炭酸飲料の缶を渡される。・・うーん、大丈夫かなあ。
「どうした?」
「いえ」
苑田さんは前、降ったのをくれたんだ。主任はそんな事しないと思うけど・・。
「・・いただきます。」
用心に体から離してプルタブを開ける。泡は、出なかった。
「何だ、振ってからおまえにやった、なんて思ったのか?」
「・・っ、です」
主任、飲んでる時に聞かないでくださいっ。喉に詰まりそうになるじゃないですか。

「なぁ新井。浦野商事の事だが、浜崎文具の、岩清水ってやつに会ったと言ったな?」
「そうです。」
「俺はその名前、初めて聞いたぞ。」
「初めて・・・・?じゃあ」
「ああ。多分それが’新規参入‘だ。」
あいつ、どこから聞いたんだ? 後半の低い呟きは、半信半疑のトーンだ。
「主任?」
「いや、こっちの話だ。」
考え出した主任の横で、俺も聞いてみたい事があった。傘の事だ。でも、どこまで話していいんだろう?

「主任・・」
迷って、でも聞きたいと声に出す。
「何だ?」
「聞いて欲しいことがあるんです。この間行ったバーへ、また連れて行ってくれませんか?」
「あそこか。・・・・明日なら空けられる。」
「はい。お願いします。」
☆ ☆ ☆


「いらっしゃいま・・・・、おや。」
ドアを開けた主任と俺を見たマスターが、面白そうな声になる。
「こんばんは」
「なんだマスター、俺たちが一緒たとおかしいか?」
「いいえ、この間と逆だな、と思って。」
主任に答えて目で一隅を示す。と、
「苑田、来てたのか。」
「最近よく会いますね。」
苑田さんがカウンターの奥から返事する。主任は当たり前のようにその横へ座りながら、
「そうだな。・・・・ああ、新規な、浜崎文具・・ってとこだった。」
「・・そう、ですか。ずい分早く分かったんですね?」
「昨日、新井が会ったそうだ。」
「昨日?」
マスターが主任のグラスをそっと置く。俺にはまたカクテルを作ってくれている。
「浦野商事がしかけたのかもしれない」
「沢口さんが?」
どうかな、と首をひねった苑田さん。二人の会話を聞きながらどうしようと思った。
主任に’傘‘の話をしたかったのに苑田さんが居る。


☆ ☆ ☆


帰ろうとした進藤は、鳴ったスマホのディスプレイを見て、舌打ちしながら通話ボタンを押した。
::進藤さん、どう言う事なんですか?!話が違うじゃないですか!」
感情がすぐ出る相手の声にイラッとする。
::それはこっちの言う事だ。新入り一人あしらえないのかあんたは」
::そんなこと言ったって、あんな長期の見積もりまで持って来られて、挙句に部長
  と名刺交換までして・・・」
::長期の見積もり?おれはそんな指示してないぞ。」
::それに、浜崎文具だって遅れてくるから値段の交渉まで出来なかった・・」
::石清水が遅れた?」
::そうだよ!そのせいで文句つけられなかったんだ、あんたんとこの新入りに!」
::石清水はどうした?そのまま手ぶらで帰したんじゃないだろうな浜口さん。」
今まで一方的に文句を言っていた浦野商事の浜口が、進藤の恫喝するような口調に黙りこむ。
::返事が聞こえないぞ、浜口。石清水にどれだけ入れさせた?」
::・・・い・・一割・・」
::一割?」
::そ・そうだ・・・」
::それッぽちか?」
::だ・・だってしょうがないじゃないか!あんたんとこは部長が来ちゃったから減らせなかったし、俺の権限だけじゃ露骨に増減できないし、部長は」
::わかった。もういい。」
::お・・・おい・・」
::あんたは役目を果たした。」
冷たい声に、沢口が怯む。
::そ・そうだよ・・な?」
::ああ、そうだ。」
::じゃ、また、連れてってくれるよな?」
::そのうちな。」
返事も聞かず、進藤は電話を切った。

『プリズム』

『プリズム』5*ライバルと過去ー4

「役立たずが」
怒りを込めて吐き捨て椅子に凭れる。
(あいつに餌を投げたのは失敗だった)


新井に浦野商事の仕事でミスをさせ、引っぱる計画だったが今回は上手くいかなかった。
(また方法を考えないと)
クラブからもそろそろ新人を、と言ってきている。あそこで得たものを失わないためにも、
新井は条件にぴったりなのだ。
(専務に食い込むにもあれは必要だ・・・)

苑田の時は、簡単だった。まさかあいつの兄が伯父の心中相手だったとは思ってもいなか
ったから、知った時には小躍りした。
その事実と写真の入ったUSBを突き付けただけで簡単に落ちた。

「まだあいつには群がる奴らがいる。いざとなったら乱交でもさせるか。」
くく、と唇を歪ませて嗤い(わらい)、気を取り直した進藤は腰を上げた。


☆ ☆ ☆


カクテルをビールに変えてもらい、気が大きくなった俺は思い切って聞いてみた。
「苑田さん。あの傘・・、どっかで売ってるんですか?」
「傘? 何の話だ?」
とは主任。
「浦野商事の、湯島(ひと)さんって女性が‘模様の浮き出る傘’て探してて、苑田さんがこの間持っていたのがそれだったから・・・」
「ああ、あれか。売り場には無いこともあるから、ネットで探す方が早いと思う。」
「よくそんなの知ってたな、苑田。」
「知り合いが欲しがっていたんで、面白そうだし探しただけです。」
「とか言いながら実物持って行ったんだろ?」
主任が鋭く突っ込む。

はい、そうです。幾つも持って行きました。俺を荷物持ちにして。・・・・苑田さんに、口止めされている訳でもないのに、言えない。

「男性用もありましたから。よかったら持ってきましょうか?せんぱい。」
「ばーか。俺に似合うか。だが、そんな事に自腹するな。今に持たなくなるぞ。」
「気をつけますよ。・・・新井。」
「は・はい」
苑田さんが流し目をするみたいに俺を見る。どうしてこの人はこんなに色っぽくなるんだろう。
「あとで情報メールしとくから、湯島さん?に教えてあげるといい。」
「はい、お願いします。」

あとから色々分かってきたけど、湯島さんは’女史‘とあだ名されるくらいキャリアがある人なんだとか。けど姐御肌でもあって、沢口課長より総務で影響力のあるらしい。確かに歩き方もスッとしていた。



酔い潰れないうちに帰った新井。
居残った中島が、頭の中で整理した推測を苑田にぶつける。
「・・・それで、傘を使って先方(浦野商事)から新規参入の気配を聞きだしたのか?」
「いいえ。運が良かっただけです。波枝さんが忘れていたらそれっきりでした。」
「おまえは・・・」
言いかけてグラスの中身を飲み干す。
「全く。どうしてそれを武器にしてあがろうと思わないんだ?情報をキャッチするアンテナの高さとその行動力は同期の中でずば抜けているのに。宝の持ち腐れだ」
「・・・俺は、目立ちたくないんです。中島さんも知っているでしょう?隆裕の事。」
「・・まあな。だが」
「だからいいんです。それより、中島さんの方こそずい分気合が入ってるじゃありませんか?」
「新井か?」
「ええ。彼に任せたの、クセのある所が多いですよね?」
「‘鉄は熱いうちに打て’だ。山岳部だったんなら根性あるだろうしあれで意外に気が回る。
立ち直りも早い。 良い営業になると思ってる。」
「中島さんの太鼓判があるなら大丈夫。」
クスリと笑う苑田。グラスを取り氷だけなのに気付く。
「おかわり、作りましょうか?」
「うん、頼もうか・・・、」
マスターにグラスを渡そうとして手が止まる。マナーモードのスマホを取り出し、ため息をついた。
「ごめん、要らなくなった。」
「いいですよ」
マスターの柔らかい笑顔へ唇の端でだけ笑い返し、止まり木を降りる。背中を見せた苑田に、
「いい加減断ち切れ。」
中島が、繰り返し言っている言葉をかける。
「・・・・お先に。」
一度立ち止まった苑田だったが、振り返らず出て行った。


お知らせ

お知らせ  また、改装しようと思います。

もうじき6月ですね。
ここも来月には3カ月目に入ります。

お話や色々なものが増えてきたので、新しく目次のページを作ろうと思いました。
しばらくかかるかもしれませんが、色々試して見に来てくださる皆さまの分かりやすいようにしたいと考えています。

・・・と言っても理数系が苦手な人な私です。時間がかかると思いますが、どうぞ気長にお待ちください。

**サイト左側にある’月間アーカイブ’欄の4月・5月をクリックすると、今までの記事を読む事が出来ます。
読み返したい方、一気読みされたい方は、どうぞそちらの方をご利用なさってくださいね。


雑談のビックリ箱

雑談のビックリ箱その5

緑がきれいです。

昨日、こちらは雨でした。 と言っても、夜には止み肌寒い感じでしたが。
そして今日。雲はあっても晴れた日で、風が強い。だからでしょう、街路樹も、遠くの緑も庭の苔も生き生き・つやつやの色をして見えました。

元気な緑は、私にも元気をくれます。気分を爽やかにしたり、穏やかにしてくれたり。
今の季節が一番いいですね。

もう少ししたら、農家の女性がよく被る日よけ帽をかぶり、長袖を着て、雑草と戦う草むしりが始まります(苦笑)。
こっちの緑にはげんなり。「そんなに逞しく復活しないでいいから。」 と愚痴りたくなります。
彼らはただ生きているだけなんだけど。


皆さまのところの緑、いかがですか?



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